子どもにサンタはいるのかと訊かれたらどう答えようと考えるだけの人生だった。

じんぐっべー!じんぐっべー!スズムラ・ケン♪(イチ!)
全国に数いる鈴村健一のなかでも私が思い浮かべるのはこの人。
Kenichi Suzumura - INTENTION

騙されたと思ってジングルベルに合わせて上記を口ずさんでみてください。
頭から離れなくなります。

※本文に鈴村健一は関係ありません。

ジングルベルの曲を耳にするとふと、子どもにサンタはいるのかと訊かれたどう答えようと考えます。
私なら子どもがそのように言うことで何を知りたいかについて、考えをめぐらします。
サンタがいることに何か期待しているのか。たとえば、おもちゃがもらえる。
小さいころ私もそうでした。普段は買ってもらえないおもちゃが、サンタにお願いすると25日の朝にある…。
その夢はある年の朝、起きたら枕元に学習教材が置かれていたことで打ち砕かれました。
ああ、願いは叶わないんだ。サンタはいないんだって。

サンタにおもちゃがもらえると考えている場合、前提として親にあまりおもちゃを買ってもらえないことがあるでしょう。
ではどうして親は子どもの欲しがるおもちゃをそうそう与えないのか。おじいちゃんやおばあちゃんはどうしてああも買い与えてしまうのか。
親が買ってあげないものをなぜサンタは子どもに届けるのか。
謎は尽きません。

私はすでに過去の経験からサンタの存在を信じていません。
親にねだっても買ってもらえなかったおもちゃを買ってくれるサンタはいませんでした。
べつに親自身も信じていたわけではないでしょう。本気で信じていたならサンタの代わりに準備をするなんてことはしないはずです。
実は、私が先の子どもの質問(あるいは難問)にどう答えるかという手がかりがここにあります。
それはアンサーというよりもレスポンスです。「正解」は私も知らないのですから。

子どもはサンタを信じていた。
親はサンタを信じていないのに、あたかもサンタがいるかのように振る舞った。
子どもはサンタの存在を実感した。

サンタを信じるか信じないか、それ自体を比べてどちらが正しいとは言えません。
信じていない方が賢いわけでも、信じている方が馬鹿なわけでもないでしょう。

子どもが信じているサンタが、私の信じていないサンタであるとは限りません。
自分が信じていないその一点をもって、子どもが信じるサンタを否定することはできないのです。
もしそれを否定するなら、子どもが信じているその一点をもって、サンタがいることを肯定しなければなりません。
乏しい根拠でAを主張するなら、乏しい根拠でもAでないとする主張を認めなければアンフェアです。
自分の一体験で子どもの信じていることを全否定することをしてはなりません。

相手の言っていることに、つじつまの合わない部分はないか。
否定することがあるとしたら、その話のなかで整合性がとれていない部分です。
それだって相手の話にまずは耳を傾けて、吟味してから。
これは、いたずらに否定することだけでなく全肯定する危うさに対しても同じです。

私が贈るプレゼントは、子ども自身が自分の考えや思いに気づけるようになること。
その時が巡ってきたとき、このことをできるようになればなと思います。

なんだかんだ言いつつも、きっと私も子どもの枕元にプレゼントを置くのでしょうけど。

私には野望がある。

昔から、周囲に影響を与えたり、作用をもたらしたりすることが好きだった。
変えること、その発端に自分がいること、それに堪らない高揚を感じた。
同じもの(決まったスケジュール)には嫌悪を抱き、変わらないもの(慣習)には疑問を抱いた。
それはきっと小学校高学年のとき、自分が遊びの中心となって毎日取り仕切っていたことに関わるがある。
遊び方や遊ぶ内容を仕切り、友達の反応を得るなかで「変える」ことの面白さを体感していった。
思い返してみればそれ以来、将来の夢の内容はどれも何かを変えること(変化)を含んでいる。

中学後半から高校前半の夢は小説家になって読者に思いを訴えること。
高校後半の夢は経営コンサルタントになって仕事と職場を適性化すること。
浪人時代の夢は厚労省に勤めて社会保障を拡充するか、日銀に勤めて国家財政を改善すること。
大学時代の夢はワインを通じて生活に彩りをもたらすか、院に進んで社会保障の研究をすること。
現在の夢は、日本に福祉社会(Well-being Society)を実現すること。

私はいま、大学院の博士前期課程(つまり修士課程)1年生だ。
修士論文の構想は、福祉国家から福祉社会へと移行したデンマークの事例を参照し、それが何故どのように起きたかを記述、考察すること。
そして、日本において福祉社会を実現するために必要な条件を明らかにすること。

福祉国家は第二次大戦後に先進国で形成された。
私の直観だが、福祉国家福祉 well-being について国家が(それは官僚であり政治家である)考え、施すあり方だった。
それに対して福祉社会は同じことを考えるにしても社会が、つまり一人ひとりが考えるあり方ではないか。
福祉社会、それは一人ひとりが福祉 well-being について考える社会。

福祉 well-being とは何か。単に存在しているだけでなく、“よりよく存在している(良好な状態)”とはどういうことなのか。
ただある being だけでは不十分なのか。何故、well-beingについて考えなければならないのか。
どうすれば良好な状態といえるものを実現できるのか。
福祉 well-being が毀損されているとき、あるいは福祉 well-being を実現することが阻害されているときに何をすべきなのか。

そういったことを一部の人だけが考えるのではなく、すべての人が考える社会の実現を目指す。
一人ひとりが自分自身にとってのよいあり方、社会や国家のよいあり方、ひいては世界のよいあり方を考えられるように。

大学院を終了したあとのことはよく訊かれる。
私はてらいもなく、「教授」と答える。
それは字面の通り、教え授けるために。
何を?
一人ひとりがwell-beingを考える機会を。

私が大学院在学中はもちろんこと、これからするであろう全てのことはそこに収束する。
修論を書くことも、博士を目指すことも、大学の内外で活動することも、こうして文章を書くことも。

I have an ambition.
私には野心がある。
全ての人が自分自身の人生を生きられるようになること。
一人ひとりがよいあり方を考えられるようになること。
そのためには私はいま、ここにいる。



alldependsonme.hatenablog.com

だから私は問うことを止められない〈断片〉

「一般的とされていることの全てに疑問を抱かずにはいられない」
私のことをそう評した友人がいた。言い得て妙である。
言うなれば、私は問いそのものである。なぜ?と問う場において、他者は私に出会う。
「なぜ私は問いを発せずにはいられないか」という問いには十分に答えることができない。
問いを発すること、それが私の私たる所以であり、私の原理だからそれ以上に遡って問うことは不可能だ。

問いを発すること、言い換えると疑問を抱くことはなにも否定することを意味してはいない。
一般的とされていることが“なぜ”一般的であるかについて、考えずにはいられないだけである。
あることが一般的とされるまでに至った経緯を、仕組みを探らずにはいられない。
もし一般的とされていたことと現実に乖離が生じたならば、それはどちらが正しいとか間違っているという話ではない。
私はよく「前提が変わらなければ結果は変わらない」と口にする。
違う結果が提示されたならば、それは違う前提が組み込まれたこと、あるいは前提が妥当しなくなったことを意味する。
一般的なことが正しいとされるのは、それが大多数の事実と照合するからで、それ自体が正しい訳ではない。
その正しさは適合する事実の多さに担保されているのである。一般的とされてきたことが正しいか間違っているかは事実の多寡によって定まる。

なぜ?と問うことには価値判断と事実確認とがある。
前者は“あってはならないはずのこと”に対する問いである。
後者は“あるがままのこと”に対する問いである。
私は、あってはならないはずなのに!で問うことを止めるのではなく、まずあることを認めて問い続けることをしたい。

人生はそれを生きる当人のものである。これは真理、つまり特別なことではなく、普遍的なことである。
私は、すべての人が自分自身の人生を生きられるようになるために、研究している。
誰も他の人の人生を生きられない。他の誰かとして生きようとしたり生かされたりすることは真理に背いている。
人が自分自身の人生を生きることは夢物語でもなければ理想でもない。
事実や現実がどれほどのものであっても、その人の人生はその人が生きるものである。
自分の人生であるのに、それを自身で生きることができない人がいる現実への疑問が私を研究に駆り立てている。
“あるはずのないこと”がなぜあるかについて明らかにするためには、まず“あるがままのこと”を詳らかにしなければならない。
真実に反していることを丹念に解き明かして暴き、真理に被さってそれを隠している覆いを取り払う必要がある。

私が問いかける対象は二つある。一つは人間、もう一つは世界に対してである。
人間に対した私が求めているのは答えAnswerよりも応えResponseである。私の問いかけを受けた他者の応答である。
世界に対した私が求めているのは原理Principleであり、真理Truthである。

人間は世界に投げ入れられている。投げ入れられた世界の性質に、人間は条件づけられている。
ある人間について知ることは、その人間を条件づけている世界について知ることにもなる。
ある人間について私が知られるのは、その人間がもたらしてくれた応答と、垣間見せた世界の片鱗からだけである。
世界という共通項が、ある人間の理解を可能にしていると同時に、その人間という独自性が理解を不可能にしてもいる。
共感とは、ある人間の置かれている世界の性質を共に感じることである。
人間は世界という共通項にあって、他の誰でもない始まりをもって誕生する。
本来、人間の誕生はつねに新生である。これまでの世界になかったことがもたらされ、新たな人間、つまり他者が生まれる。
もし何も新しいことが始められないのであれば、そこには世界という共通項のもとで均された〈ヒト〉という種しかいない。
〈ヒト〉は世界の機序のひとつであり、実際においては世間の写し鏡である。
新しく語ること、生きた言葉を話さずに、死んだ言葉だけなぞる者は文字通り終わっているのである。
人間が口にすることは書かれた段階で終わっている。それをいくら覚えようと、自ら新しく語るのでなければ何も始まりはしない。
問いに応えよ。そのとき応えるのがあなただ。
死者はもはや語ることはなく、語られるのみである。
死んだ言葉だけなぞる者はその言葉によって語られているのみで、自らは何も語っていない。
オーディオブックに人格を見いだす人は誰もいないだろう。

卒業論文参考文献

持続可能な福祉世界を将来する哲学的思索――「定常化」はわれわれを「本来性」へと連れ戻すか

卒業論文要約と「はじめに」 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文第一章「不安の時代」 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文第二章「所与として投げ入れられた世界」 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文第三章「所有として引き受ける人生」 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文第四章「人-生(にんせい)の本来性へ」 - ここに広告塔を建てよう

参考文献

1)         Laszlo, Ervin,Worldshift Network, Japan:WorldShift : どうする?この世界を。/ アーヴィン・ラズロ著 ; Worldshift Network Japan監修 ビオ・マガジン 2010

2)         広井, 良典:定常型社会 : 新しい「豊かさ」の構想 岩波書店 2001

3)         広井, 良典:生命の政治学 : 福祉国家エコロジー生命倫理 岩波書店 2003

4)         広井, 良典:グローバル定常型社会 : 地球社会の理論のために 岩波書店 2009

5)         広井, 良典:創造的福祉社会 : 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 筑摩書房 2011

6)         広井, 良典:人口減少社会という希望 : コミュニティ経済の生成と地球倫理 朝日新聞出版 2013

7)         竹崎, 孜:スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか あけび書房 2002

8)         高岡, 望:日本はスウェーデンになるべきか PHP研究所 2011

9)         岡沢, 憲芙,中間, 真一:スウェーデン : 自律社会を生きる人びと 早稲田大学出版部 2006

10)        Sen, Amartya Kumar,池本, 幸生,野上, 裕生,佐藤, 仁:不平等の再検討 : 潜在能力と自由 岩波書店 1999

11)        鴻上, 尚史:「空気」と「世間」 講談社 2009

12)        Heidegger, Martin,熊野, 純彦:存在と時間 岩波書店 2013

13)        高田, 珠樹:ハイデガー : 存在の歴史 講談社 2014

14)        Mead, George Herbert,船津, 衛,徳川, 直人:社会的自我 恒星社厚生閣 1991

15)        山本, 七平:「空気」の研究 文藝春秋 1983

16)        Kierkegaard, Søren,桝田, 啓三郎:死にいたる病 筑摩書房 1996

17)        秋富, 克哉,安部, 浩,古荘, 真敬,森, 一郎:ハイデガー読本 法政大学出版局 2014

18)        木田, 元,野家, 啓一,村田, 純一,鷲田, 清一:現象学事典 = Phänomenologie 弘文堂 縮刷版 2014

19)        佐々木, 毅:マキアヴェッリと『君主論講談社 1994

20)        宮本, 太郎:生活保障 : 排除しない社会へ 岩波書店 2009

21)        宮本, 太郎,本田, 由紀,佐藤, 博樹,宮本, みち子,埋橋, 孝文,諸富, 徹,駒村, 康平,重頭, ユカリ:生活保障の戦略 : 教育・雇用・社会保障をつなぐ 岩波書店 2013

22)        広井, 良典:日本の社会保障 岩波書店 1999

23)        岡沢, 憲芙,宮本, 太郎:スウェーデンハンドブック 早稲田大学出版部 第2版 2004

24)        二文字, 理明,田辺, 昌吾:スウェーデンの「学校教育法」の翻訳と解題,発達人間学論叢,pp.99-142,2005.2005

25)        伊藤, 正純:スウェーデンの現在の教育と就業の姿 : 公教育の重視と非正規雇用の不在,摂南経済研究,4,pp.1-31,2014.2014/03

26)        竹久, 夢二:その日からとまったままで動かない時計の針と悲しみと。 : 竹久夢二詩集百選 ミヤオビパブリッシング

宮帯出版社 (発売) 2011

27)        塩野谷, 祐一,鈴村, 興太郎,後藤, 玲子:福祉の公共哲学 東京大学出版会 2004

28)        広井, 良典:生命化する世界 : 近代科学のその先へ,科学,84,pp.883-892,2014.2014/08

29)        広井, 良典:ポスト成長時代または人口減少時代における科学と知 (特集 日本の予算と研究費),科学,84,pp.423-438,2014.2014/04

30)        Jonas, Hans,加藤, 尚武:責任という原理 : 科学技術文明のための倫理学の試み 東信堂 2000

 

第一章

第二章

第三章

第四章

卒業論文第四章「人-生(にんせい)の本来性へ」

持続可能な福祉世界を将来する哲学的思索――「定常化」はわれわれを「本来性」へと連れ戻すか

第四章   人-生(にんせい)の本来性へ

その日からとまったままで動かない時計の針と悲しみと。――竹久夢二26)

第一節              根底的不平等と不自由に挑む福祉

 われわれは経済成長をひたすら追求してきた「ひと」であったが、第一章で触れたようにその意義が見直しを迫られている。かつての世界はもはや「ひと」のあり方を決めきれるものではなく、われわれは「なにのゆえに」自らを存在させるか選び決めなくてはならなくなっている。これまでの「ひと」のあり方に甘んじていては、われわれは存続不可能なのだ。ともするとひたすら経済成長への邁進は非本来的あり方においてのことでさえあったかもしれない。キルケゴールの次の指摘は示唆に富んでいる。

ところが、この形態の絶望(自分の自己を「他の人々」に騙り取らせる)には、世間の人は少しも気づいていないといっていいくらいである。そういう人間は、そのようにして自己自身を失ったからこそ、商取引をうまくやってのける達者さを、いや、世間で成功するだけの達者さを、かちえたのである。世間には、そういう人の自己やその無限化をはばんだり、困難にしたりするものはありはしない16)。(p.66)

 われわれはいつの間にか経済成長を国是とする世界に存在させられており、「なにのゆえに」それを目指すのかほとんど無自覚のまま過ごしてきた。その経済の発展は「ひと」による大量の生産と消費によって実現してきた面がある。というのも、「ひと」はその欲望の体系につねにすでに生まれた人々を組み込んでいったからである。そうして作る方も買う方も増えていったのだから自然に経済成長は達成される。その結果として環境問題を筆頭に様々な悪影響が生じたときになって、「ひと」がこれまでしてきたことに人々は直面するに至ったと言えよう。

 では、われわれが新たな存在理由を「自ラニ由ル」として、その場合の「自ラ」とはいかなる存在性格を有するのか。それは自分自身の固有性と人生の一回性であると私は考える。世界へ投げ入れられ、他の誰でもない“自ずから分かたれた”ものとしての自分は、「ひと」から規定されたあり方で存在しながらも、さしあたり自分の手もとにそれがあることから自分自身と思ってしまっている。これはハイデガーの言う「ひとである自己」に過ぎない[1]。本来的には、“自ら分かつ”こととしての自分が他でもない“じぶん自身”であると、「ひと」の側にある「なにのゆえに」とは別に自前で存在理由を区分しなければならない。すなわち、ただ自分“である”だけでは自分の人生は生きられず、自分“になる”ことで初めて自分の人生を本来の意味で生きられるようになるのだ。繰り返しになるが、前者において自分で“あらしめている”のは「ひと」である。こうして「固ヨリ有ル」ところの自分自身となるのを待って固有性は確立される。そして、あとにもさきにも二度と現れることのない自分自身が生きるということの一回性が前面に出てくる。そのとき、どこで生まれ生きるのかという問題が決定的となる。私たちの人生は一回きりだが、私たちは生まれる世界を選ぶことも決めることもできない。つまり、根底的に不平等であり不自由である。

 注意しておきたいことはどれほどわれわれが本来的になろうとしても、まずもってさしあたりは非本来的であるということである。われわれはつねにすでに世界へ投げ入れられてしまっているのだから。そして、投げ入れられる世界がいかなるところであるかは当然われわれに直接関与してくる。ここで、その根底的な不平等と不自由に挑むために要請されるのが福祉である。

 福祉はこれまで貧困への事後的救済や所得再分配による格差是正、そして20世紀後半における福祉国家といった文脈で主に論じられてきた。それは経済学や政治学、社会福祉の議論であり、福祉をめぐる思想の表明として政治哲学ないし公共哲学があった。こういったことはしかし、福祉の制度やその運用、理念や実践においてのみ語るばかりで、その原理をさほど追究してはこなかったと言える。たとえば盛山(2004)27)福祉と言えば平等が結びつく背景として「福祉の思想と平等主義との関係についてこれまで十分な議論がなされてこなかったこと」を指摘している(p.179)。

 しかしより根本的には、人のあり方そのものと結びつけて福祉を捉える視点の少なさが問題である。福祉は各国の歴史や時代背景に沿ってそれぞれのかたちで現れ、論じられてきたがために、それらを根底から基礎づける思索に乏しかったのではないだろうか。だが、ハイデガーにあやかって言えば「すべての福祉論は、どれほど豊かで確立されたカテゴリー体系を取りあつかうことができたとしても、まず福祉の意味を充分に明瞭にせず、その明瞭化をじぶんの基礎的課題として把握していないままであるなら、根底において方向を見失っており、じぶんに固有な意図を転倒したものでありつづけるのだ」[2]。一見して福祉を原理的に捉えるように思える政治(公共)哲学もその実、福祉を“いかに”位置づけるか、運用するかという議論に終始してしまっているように思われる。そこでは、そもそも福祉とは“何であるか”といった議論は少なくとも主題でない。

 すでに述べた通り、私の捉える福祉とは根底的不平等と不自由に挑むものであった。福祉として行われるいかなることも、その本質はわれわれがすでに存在してしまっていることから生じる状態の是正であり修正と言えよう。また、これから存在するであろう将来世代が投げ入れられる世界をよきものにすることでもある。そして、この将来世代への責任がわれわれにはいま課されている。彼らが投げ入れられる世界を貧相化させないこと、これもまた福祉に要請され、われわれが実行するべきことである。

 

第二節              将来世代への責任

 われわれの社会がこれから目指すべき「定常化」や、将来において必要となる「地球倫理」を説く広井だが、最近「生命化する世界」という新たな思想を打ち出している28)。そして私の見立てではこの「生命化する世界」は人間が将来世代と自然に対して責任をもつ世界である。

 その起源にあって自然から生まれた人類は周辺世界を開拓しつつも、あくまで自然の一部であった。このときはまだ地球規模の動的平衡に対する人類の影響は微々たるものに過ぎなかった。しかし神の概念を獲得し、神の似像として自然世界の支配を正当化した(西欧の)人間は[3]、自然を人間の側へと内部化していった。かつて自然と人類の外部に神があったのを、いまや自然を―徹底的に破壊しうるという可能性でもって―ほぼ手中に収めた人間は神に限りなく近づいたと言える。しかし神と異なり、もとは自然と共にあった人間は、それ故に一方で自然作品と化し、自らの手によって支配されようとしているのが現状であろう。

 別の論文で広井は、ヤスパースのいう枢軸時代ないし伊東俊太郎のいう精神革命が生じた背景に当時の環境破壊があるのではと考えているが29)、これは自然を支配すると同時に自然を支配した自らによって滅ぼされかねない事態を招いた――そして人類はその窮地を脱すべく知恵を絞った――と言えるのではないだろうか。つまり、生命の根本たる動的平衡のバランスが乱れ、過大な主体――神に近づく人類――による過剰な客体化――人類自らも含めた自然の支配――が進行するとき、生命は危機を迎える。ヨナスの言を借りれば「卓越した思考と、これが可能にする技術文明とによって、『人間』という一つの生物種が、自分自身を含めたあらゆる生物種を危機に陥れる能力を持ってしまった」(強調原文)のである。この事実を前にして、ヨナスは人類の将来世代への責任――人間が(人間として)存在すべし――を説く。だが、これは「人間中心主義的偏向」ではない。「実際には、人間の未来と自然の未来とは分離不可能」であり、「本当に人間的と言える観点では、自然は、人間の恣意的な力に対置される固有の尊厳を持ち続ける」とともに「自然から生み出されたものとしての人間は、他の類似の自然の創造物に対して誠意を持つ責任がある」のだ30)

 将来世代を滅ぼしかねない人類は裏を返せば、将来世代によって滅ぼされかねない。人類が滅ぶということは、その先の人類はもちろん、それまでの人類の存在が消滅することでもある。新たな知的生命体が人類の痕跡を発見するまで人類の存在は永遠に覆い隠されてしまう。これまで人類が存続してこられたのは、危機に瀕する都度「将来世代への責任」を自覚した人間が「定常化」でもって自然と人類の均衡の再調整を図ったためと考えられないだろうか。

 広井のいう“生命化する世界”は、人類が“おのずからそうであるもの”として自然に組み込まれていた時代に回帰する印象をもたせるが、しかし実際は人類が“みずからそうであるもの”として自然に自分自身を組み入れていく世界と言えよう。はじめ自然に住まい、やがて自然から離れて都市をなした人類は、今度は自らの足で自然へ帰るのである。そして技術と科学によって自然からの自立を果たした人類にいま要請されていることは自らへの自律である。自然に内包されながら自然を支配する自らを、将来世代への責任によって律する――それは神の戒律とも社会の規律とも異なる――ことが、“生命化する世界”において求められることである。そうして、われわれは持続可能な福祉社会(sustainable well-society)のみならず、持続可能な福祉世界(sustainable well-world)もまた将来する。そのときわれわれは二重の意味で本来的な存在となる。自らを存在させるとともに、自然をも含めた他者を存在させる存在になるのだ。

 

終わりに

 この卒業論文では力不足から当初目標としていたところの半分にも届かなかった。なによりハイデガーの哲学を咀嚼しきれず、ひどく雑多なまとめ方をしてしまった。この論文全体を通底するだけに、よりいっそうテクストと向き合わねばならない。またあわせて「定常化」や「地球倫理」を人間の本来性と重ねて考える試みも中途に留まっている。よって持続可能な福祉世界の具体的な中身と、「定常化」が人間を「本来性」へと連れ戻すという展開が明確にならないままとなっている。これをひとつの区切りとしても、決して終わりにはせず、改稿作業を続けたい。

 

[1] 日常的な現存在の自己は〈ひとである自己〉であり、これを私たちは本来的な自己から、つまり固有につかみとられた自己から区別する(『SZ』(¶360)[129])。

[2] 原書(『SZ』(¶30)[11])で「存在」となっている箇所を福祉に置き換えた。

[3] 安部浩によればピヒトは<責任概念が――就中「人間は神の似像なり」といった人間観を介して――「(最後の審判における)神に対する辯明」から「人間的主体の自己責任」へと変貌を遂げるに至るという、近世に起きたこの出来事こそが正しく、科学技術による自然支配を理論的に正当化し、その端緒を開いた>と主張した。安倍はこのテーゼを「責任から科学技術へ」と名付けている。安部浩「責任から科学技術へ」『Heidegger-Forum』 第七号2013,p.24

 

卒業論文参考文献 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文第三章「所有として引き受ける人生」

持続可能な福祉世界を将来する哲学的思索――「定常化」はわれわれを「本来性」へと連れ戻すか

第三章   所有として引き受ける人生

 運命がその力を発揮するのはそれに抵抗できるよう力が組織されていない場合であり、それを防ぐべき堤防や堰がないことが明らかな所にその猛威を向けるものである。――マキアヴェッリ19)

第一節              それは誰の人生か

 まず考えたいことは、この人生を私の選択や決断によって生きられないとして、それをなお“この私”が生きねばならない理由はあるのか、ということである。そこで生かされるのが“この私”でなければならない理由が私になければ、他の誰にならあるというのか。どこにあるのかと問うこともできよう。それは「世間」なのか。人生とは人の生きることであるが、ではそこでいう人とは誰なのか。むろん、本来ならそれは私、つまり個人でなければならないはずである。

 個人というのは、この身体と身分は“私の”であるという自覚をもった者であって、それはつまり他人に不当に身体も身分も利用されないということが含意されている。自己に対する決定権をもつのが個人であり、他人に対しては決定権をなんら有しない。もし社会的身分はおろか身体すら私のである(よって不当に利用されてはならない)と認められないならば、すなわち家族や「世間」に都合のいいように使われている状況ならばそこには個人もなにもない。

 しかし日本において個人となるには異端とならなければならない。それというのも第二章で触れたように日本の「世間」では「自ラニ由ッテ」行動したり判断したりすることは許容されていないからである。家族や「世間」から“特別”だと思われ、勝手気ままにさせておく方が自分たちにとっても都合がよさそうだと認められてようやく個人であることが認められる。家族や「世間」が身体と身分の所有を私に“許す”のである。それでいて必要があればいつでも私から取り上げられると彼らは踏んでいる。本来であれば個人は自らなるのであるが、日本では家族や社会のお墨付きがあってようやく“与えられる”。つまり、身分としての個人という矛盾がそこにはある。勝手に身体と身分を我が物とするのは文字通り「我が儘」であると非難される。

 このように家族や「世間」の支配下で許される個人だが、本来の個人には自我が備わっている。身体と身分を自ら我が物とみなす意識が自我である。自我は身体と身分から離れえない。よって身体と身分が不当に利用されている状態では自我もまたそれに引きずられてしまうが、それは我が物であると奪い返さなくてはならない。その過程で身体と身分を「我が儘」とすることを呑ませる必要がある。たとえば、この職場で働く身分となることを親に呑ませる。この人とともに過ごす身体であることを親に呑ませるといったように。つまり私は私の選び決めた身分として、身体として生きることを親に呑ませるのである。

 とはいえ、親はいまや私のとなった身体と身分に対してずいぶん長いこと実効支配を続けてきたものだから、しばしば勘違いをする。まるで子どもの身体と身分が自分らのものであるかのように錯覚する。だが、そのようなことは全くない。むしろ身体と身分について、子どもの方から親に一時的に権利譲渡されていただけである。この身体と身分の正統な、本来的な所有者はこの私なのである。私が身体と身分を自ら我が物であるとみなすほど成長したあかつきには、親は私から預かっていた権利をすべて元の持ち主である私に返さなければならない。そのとき私は親に対して、この身体と身分を適切に扱ってくれたことに対して感謝するのだ。親が不適切な扱いをしてきたり、なおも我が物としたりしてきた際には判然と抗議する権利がある。私は私の身体と身分を守るために親と対峙する。私には守らねばならないものがあるのである。

 この身体と身分を、一人前の身体と身分を私はこの手で守る。親に権限を譲渡していたころの私はたしかに半人前であった。しかし私はこの身体と身分を我が物として、一人前となった。親の手元にはもう私の身体と身分に関して行使できる権限はないのである。個人とは、身体と身分を我が物とする意識であるところの自我をもつにいたった、一人前の人間である。そのように「自ラニ由ッテ」あることが個人の必要条件なのだ。その個人が生きる人生は当然、“この私”の人生でなければならない。

 ここでひとつの問題が浮上する。その人は“どこで”生きるのか、“どのように”生きられるのかという問題である。人は真空で生きるわけではない。そして、すでに見たように人間はつねにすでに世界へ投げ入れられている。人が生きるためには、その世界が人にとって生きられるものでなければならない。すなわち、人が生きるためには生きられる世界が不可欠であり、その保障を行うのが次に取り上げる生活保障となる。

 

第二節              生活保障の意義

第一項     生活保障とは何か

 まず生活保障という言葉の中身を明確にしておきたい。宮本(2009)20)は生活保障を「雇用と社会保障を結びつける言葉である」としている。これまでの社会保障は企業の福利厚生の存在を前提としているもので、主たる稼得を担う正社員の男性やその妻に子ども、老いた父母が対象となっていた。しかし今や正規社員となることが難しく、かつての安定雇用など望むべくもないなかで企業の福利厚生も以前より劣化し、社会保障は支出増大の一途を辿っている。働くことや働き続けることを可能とするために、宮本は積極的な雇用政策の必要性を説く。同時に、社会保障が一時の所得中断や退職後の年金となった、いわば例外的事態に備えた消極的な性格をもっていたことを見直し、雇用の流動化や高齢者の増加を踏まえて積極的施策を展開すべきであると論じる。

 このような宮本の「生活保障」に私もおおむね同意だが、しかし物足りない点もある。それは教育政策であり、家族政策である。どれほど雇用と社会保障が一体化しようとも、子どもが親の事情で就学ないし進学できなかったり、女性のみが家事と育児の負担を背負うばかりだったりしては、しょせんそれは成人男性の生活保障にしかなりえないのである。働けることのみの保障に留まるのでは、働けない人々への給付の意味合いが強かった社会保障と大差ないのではないだろうか。これは、近年貧困に変わる概念として取り上げられる社会的排除が結局は語られる内容の大部分が労働市場からの排除に過ぎず、その根本的な問題を取りこぼしてしまっているような過ちと同様に思われる。つまり、どちらも社会と言っておきながら労働の話しかしていないのである。社会保障を生活保障と呼び換えたところで、この宮本の視点に留まる限りではなお狭い[1]。生活保障とは労働のほかに教育や家庭、換言すれば賃金労働以外の場を含めてこそ、その名の意味があると私は考える。

 よって以後、生活保障という言葉は日本でいう社会保障に加えて、雇用政策のみならず教育政策や家族政策も含んだものとして用いる。これから取り上げるスウェーデンにおいてはもとよりそれらを含めて社会保障であるかもしれないが、日本における社会保障との差異を明確にするためにも生活保障として扱う。

 

第二項     日本とスウェーデンの生活保障比較

 生活保障を論ずるにあたって日本とスウェーデンの生活保障比較を行う。第一章で見たように日本の青年は他者との関わりのなかで自尊感情と自己有用感を養い、人生に対して前向きになる傾向にあった。その彼らが人生に不自由を感じるのは社会的経済的不安によって自尊感情と自己有用感が損なわれているからであると考えられ、その回復には社会的、経済的サポートが必要不可欠と考えられる。これまでの日本は単線型ライフコースであり、受験や就職の失敗、失業はそのライフコースからの逸脱を意味した。社会の多様化や雇用の流動化にあってはかつての単線型ライフコースはもはや機能しなくなり、「人財育成の複線化・再挑戦しやすい環境の整備を含む」複線型ライフコースの導入が求められていよう[i]

 人生を自由に生きるためにはそれを支える制度と、なによりそれを生きる自分自身の主体的な選択と決断が欠かせない。複線型ライフコースは人生の自由を確保するうえで必然的に要求されるのである。単線型からの脱却を図りつつもいまだ確固たる複線型ライフコースの整備がされていない日本にあって、それを実現していると思われるスウェーデンの事例は示唆に富むと思われる。

 よって、この節で明らかにしたいことは、人生の自由を可能にする複線型ライフコースとはいかなるものであるかということである。人生を自由に動かせるということはそれだけ不安が少ない、あるいは選択肢が豊富に与えられているといったことが考えられる。裏を返せば、人生への不安が多く、また選択肢が限られているとき人生を自由に動かせないと感じるだろう。人生の不安を除去し、選択肢を提供する役目を担うのは社会保障[2]を含む生活保障である。以下、日本とスウェーデンの生活保障を比較し、人生の自由を可能にする社会制度について考察する。

 なお活保障のうち、なかでも教育政策、とりわけ高等教育に関する政策に着眼する。それというのも、高等教育が義務教育でないことから明らかなようにそれは親にとってというよりむしろ子ども自身にとって選択と決断の対象となるものだからである。つまり、進学するかしないかが本来的には本人の一存にかかっているのである。教育政策の充実は経済面での不安を取り除き、子どもの親の経済事情に依存することなく進学できる仕組みの整備を意味する。それは子どもが自らの身体と身分を我が物とする自我の形成および個人として人生を生きるために大いなる影響を与えるものである。

 

日本の教育をとりまく事情

 日本はOECD加盟国のなかでも教育への支出自体は多いものの公的支出が少なく、私的部門に大きく依存していること、しかも在学者一人当たりの教育支出は増加している(特に高等教育において)ことが特徴である[3]。公的投資の対GDP比は増えているものの加盟国中最低の値である[4]。さらに日本の人材は女性を中心に相当程度が十分に活用されていない[5]。日本では生活保障としての教育政策はほとんどとられていないと見るのが妥当だろう。

 高等教育への支出の大部分を私的部門が占めるということは、日本において高等教育に進学するまで親と同居していることが一般的であることからして、家計の負担が多いということである。すなわち、子どもが進学できるか否かはその家計の経済状況に著しく依存するのである。実際、両親の年収が低いほど4年制大学への進学率は低くなることが東京大学の調査で分かっている[ii]。進路選択はその後の人生に多大な影響を及ぼすものであり、子どもができるだけ家計の事情に左右されないための支援や制度が求められる。

 そこで教育負担の多くを家計負担が占める日本にあって家計を助ける奨学金について見てみたい。奨学金高等教育を受ける学生とその家計にあって、いかなる役目を果たしているだろうか。乏しい教育政策にあって奨学金が果たすものは重大である。資料は東京大学の「諸外国における奨学制度に関する調査研究及び奨学金事業の社会的効果に関する調査研究」報告書[iii](奨学制度報告書と略す)における第14章(「無理をする家計」再考)と第13章(奨学金が学生生活に与える影響)を参照する。

 「無理をする家計」で著者の岩田は、家計的に苦しいながら相当無理をして大学へ子どもを送り出している家庭に小林雅之が名づけた“無理をする家計”の再解析を試みている。高等教育の私費負担は当然低所得の家計においてより大きな問題となる。岩田は大学教育を支出した後に残る家計所得が250万円以下である家計を“絶対的に無理をする家計”とし、奨学金を受けとることがなければ250万円以下となる家計を“潜在的な無理をする家計”とした。以下、岩田の再解析のまとめを一部抜粋する。

(1) “絶対的に”「無理をする家計」は学生全体の 9.8%,“潜在的な”「無理をする家計」は 3.3%、「家庭からの給付なし」学生は 9.8%存在する。以上すべてを加えた数字が,家計を維持するためにも,「経済的支援の必要度が高い学生」とみなせば,それは約2割に達する。

(2)これら「経済的支援の必要度が高い学生」にとっては,奨学金と授業料免除が実質上,「家庭からの給付」を補う,大きな公的経済的支援策として機能している。とくに学生支援機構奨学金は,その恩恵を受けている学生・家計の規模からみて,きわめて重要な機能を担っている。(p.347)

こうしてみると,とくに「無理をする家計」を中心とする,高等教育進学機会の提供に関して,現段階でも奨学金,なかでも学生支援機構奨学金が,重要かつ多大な役割を果たしていることは明らかである。しかし,“絶対的に”「無理をする家計」に代表されるように,まだまだ家計による大学教育費負担は過重であるともみなせる。……また,とくに「家庭からの給付なし」の学生についていえば,授業料を中心とする学費を確保するために行わざるをえないアルバイトの負担が,重くのしかかっているという現状も,考慮する必要がある。(p.348)

 岩田によれば「経済的支援の必要度が高い学生」は調査対象全体の2割を超える。そのうちの半分近くは無理をしてでも子どもを大学に通わせている家計である。これは仮定の話だが、そのように家計が切迫しながらも大学へ進学した子どもがもし就職できなかったとしたら、どうだろうか。あれだけ無理をしたのに/させたのに、という親の嘆きや子の無力感が通常の家庭よりも強まることは想像に難くない。一方で家庭からの給付がない学生は学費確保のためにアルバイトに時間を振り向けざるを得ず、本業である勉学に差し障りが出かねない状況もある。大学進学においては、それをしないで就職していれば得られたであろう機会費用があり、進学しながらもアルバイトに迫られる毎日ではまるで掘った穴を埋め返すようなものである。家計における奨学金の重大性を確認するとともに、アルバイトの負担に言及しているのは「奨学制度報告書」で第13章を執筆した藤森も同様である。

 「奨学金が学生生活に与える影響」と題して学生生活を調べた藤森によれば「設置者(国公立・私立)に関係なく,奨学金によって,家庭からの給付額は抑制されている。そして,その傾向は,基本的には変化していない」 として奨学金の効果を確認している。しかし「アルバイト収入に対する奨学金の効果は,1996 年度は国公立に対して見られたが,2004年になると,いずれの場合も観測されなかった。よって,奨学金によって,学業への負担であるアルバイトを抑制しているような状況ではなくなっている」(p.291)として奨学金をもらいながらアルバイトする学生の増加を示唆している。

 さらに奨学金を取り巻く事情は日本において悪く、それは何よりも奨学金受給率の少なさに表れる。日本は韓国と同様に授業料が高いながらも学生支援が比較的整備されていない国であり、授業料はアメリカに次いで高い[iv]。公的な奨学金が貸与しかなく、いずれ返さなくてはいけないこともあってか、奨学金を借りない選択肢をとることも少なくない。前出の岩田によれば“絶対的に無理をする家計”で「奨学金も授業料免除」も受けていないのは3割に達する[v]。東大の調査においても年収400万円以下の家庭で「奨学金を借りたくない」という回答が約4割あることが分かっている[vi]

 以上、日本における教育政策として奨学金を取り上げてきたが、奨学金が家計にとって重大な効果をもつ一方で、それを忌避する向きがあることも分かった。それは何より奨学金が貸与であることに起因するだろう。しかし、これに関連しつつも異なる問題があると私は考える。それは奨学金の申請にあたって子どもが親の助力を請わなければならないことである。問題の焦点を明確にすると、奨学金とは誰に向けたものなのか、すなわち学業に勉める当の学生のためなのか、それともその学生を扶養する家庭のためなのかということである。日本の奨学金は所得制限があることからも明らかであるように、低所得世帯の進学や就学を支援する性格のものだが、しかし重度の貧困家庭においては親が家を留守にしがちであったり所得を証明するものがなかったりして書類を完成できない、つまり申請できないおそれがある。機能不全家庭にあってこそ子どもが単身そこから抜け出して教育を受け、一人で身をたてられるように支援すべきであるのに、現状ではそうなっていない。

 日本の奨学金はあくまで子どもを進学させる親のためにあるのであり、親が子どもを進学させようと思わなければ、子どもは進学したくとも経済的事情から困難をきわめることになる。世帯向けの奨学金は結局のところ経済的事情も含めて親に左右される子どもを、根本のところでは支援していないのではないだろうか。大学授業料を撤廃したドイツにおいて「親の収入に子どもの進学が依存するべきでない」と宣言されたように[vii]、教育を公的なものとすることの眼目は子どもの親からの自立と独立を促進することにあるはずである。日本の奨学金は親に従う子どもという構造を温存してしまっている。文科省は平成26年度以降に入学した高校生向けに給付型の就学支援金を新設し、これにより一定の所得以下の世帯は授業料無償とは別に返還不要の給付を受けることができるようになったが[viii]、これもまた対象が子どもであるとは言い難い。子ども本人を対象とした給付型奨学金でなければ、子どもが自らの意思を貫徹しやすくはならないだろう。奨学金の効果はたんに経済的な次元に留まるものではないのだ。個人の選択と決断を可能にする意味でも奨学金の充実が望まれる。このような日本に対しスウェーデンにおける教育政策はどのようになっているだろうか。

 

スウェーデンの教育政策

 スウェーデン学校教育法はその第1条第1項で「国および地方公共団体は6歳児学級、基礎学校、高等学校、ならびに、それらと同等レベルの学校形態、すなわち、知的障害児のための養護学校、特別学校、サーメ学校において児童・生徒に教育を提供する。」と規定し、教育を公共部門が担うことを明言している[6]。またそれぞれについて無償とすることを第4章第4条、第5章第21条、第6章第4条、第7章第4条第1項、そして第8章第4条で定めている。スウェーデンの青年の7割以上が教育は社会全体で負担すべきと回答する[ix]背景にはこの学校教育法があると考えられる。

 このようにスウェーデン高等教育は原則として無償である。またスウェーデンでは成人教育が盛んであり、就職してから高等教育を受ける者も多いのも特徴である。教育費がかからないことも要因のひとつだが、就学を支える奨学金や制度の存在も大きい。手始めに「奨学制度報告書」のなかから、スウェーデン高等教育奨学金に関する上山(2007)のレポートをもとに、その教育政策を見ていきたい[x]

 スウェーデンの大学は社会人学生の多さが際立っている。およそ男性の8人に1人、女性の4人に1人は子どもをもち、入学者の中央値は22.3歳となっている[xi]。また公的な奨学金が充実しており、三瓶(2004)によると高校生には20歳になる春学期まで年間9か月間贈与奨学金が与えられる。そのなかには学習手当のほかに一人暮らしや通学の費用分も含まれている25)。20歳以上には一般奨学金があり、給与型のグラントと貸与型のローンがある。援助は財産調査を要件としているが「これは本人の経済状況により判断され,家庭や両親の経済状況については考慮されない(p.126 強調引用者)」ものであり、「公的サービスの中でも,学生援助制度は社会的格差の緩和に役立っているとされている。(同)」援助に関して「一度に申請できる受給期間は,最高で 1 年(52 週)までとなっている。申請できるのはグラントのみ,あるいはグラントとローンの両方であり,ローンのみを申請することはできない。学生本人が受給する期間を決めて申請し,希望者はいつでも申請書を CSN [7]に送ることができる。(p.129)」

 すでに見たようにスウェーデン高等教育および奨学金は日本とはまったく異なる様相を呈している。大学は高校卒業後ただちに入学するものではなく、就職したのち自らの適性を考えて伸ばしたい能力があるときに大学のコースを選択して就学する。高等教育を受けることは明らかに本人の意思によるものであり、奨学金が個人の経済状況を考慮することからして本人以外の都合に左右される余地は日本よりずっと少ない。親元を離れて暮らすことが当然で、個人主義が確立したスウェーデンにあって親の希望する子どもの進路といったものはないと言っても過言ではないだろう。まして前項で見た無理をする家計の存在は考えられない。またスウェーデンにおける高等教育は労働と密接に関連しており、日本のようにモラトリアム期間としては位置づけられていない。モラトリアム期間とはすなわちその後の人生においてやり直しが利かないことを意味するのではないだろうか。すなわち単線型ライフコースにあっての準備期間と言える。しかしスウェーデンのように働くようになってからも、さらには生涯に亘って学ぶことができる環境であればライフコースの変更が容易であり、したがってモラトリアム期間は不要であろう。前掲の三瓶が言うように「教育が生涯いつでも、どこでも受けられること、そのための経済的条件も整っていることは、人生の選択が一回限りでないことを保障するものである。」

 以上を踏まえて、ここからは特に成人教育に重点を置いてスウェーデン高等教育を見ていく。スウェーデンリカレント教育と呼ばれる成人教育を通じてひろく国民に教育への道を提供している。伊藤(2014)によれば「リカレント教育の狙いは2 つで、ひとつは、労働市場における需給調整ができるように、人材の供給側である学校(教育)と、人材の需要側である職場(職業)との間の交替・循環を図ろうとした。もう一つは、高校を卒業したばかりの若者が自分の適性を見つけることなく、すぐに大学に進むことを抑え、そこで浮いた資金を、教育レベルが低い成人に対する教育に充てようとした」ことである25)。この教育の特色は中間(2006)が実際にスウェーデンで行ったインタビューから垣間見ることができる6)

 中間はその記述のなかで4人のスウェーデン人を取りあげ、人々の間に根づいた教育のあり方を探っている。一人目は高校卒業後の進路を決めあぐね、とりあえずの職場がやがて適職となり仕事を通じて自己実現を図っていた女性だが、彼女は新たな職の誘いを前にして学ぶことを選んだ。スウェーデンでは教育を受けるために就労を中断する際には所得が保障される仕組みになっており、また休職後の復帰は以前と同等の地位を保証する制度となっている。二人目はいったん就職したものの勤務内容への疑問から精神を病み、自らの進路に悩むなかで友人のアドバイスをもとに医学部への進学を決めた男性である。スウェーデンでは25歳以上で勤務年数が4年以上の者は大学入学に際してその経験が考慮される制度がある。専門のコース修了が医師となる要件であり、実務研修は必要だが日本のように国家試験はない。三人目は自分の考えもなく流されるままに進学し就職したが勤続十年を前に退職、のちに妊娠し二人目の子どもを保育所に預けるようになったのを機に学ぶ意欲をもち始めた女性である。スウェーデンは通常の教育機関以外に国民高等学校、学習サークル、地方自治体成人教育があり、彼女は学習サークルで学ぶほかの人々に触発されて学習への意欲を高めた。スウェーデンにおいて生涯教育としていたるところで教育を受けられるようになっており、その内容も文化やスポーツに触れるものから学校教育に近いものまで幅広い。最後の四人目は将来を見据える期間と積極的に働く期間を経て初めて高等教育の門を叩いた男性である。学生ローンには25歳以上で以前に就労経験のある者を対象とする特別補助ローンがある。これによって現在職に就いていない者でも経済的理由から学習を断念しなくても済むようになっている。学びなおしは実経験に基づいた学問の深い理解をもたらし、社会的にも有意義である。またこの男性は大学で学ぼうと思った理由に子どもとの時間も挙げている。仕事に追われる日々では必然的に減る時間も、大学で学ぶ日々においては十分に確保することができる。

 このようなスウェーデンの人々の体験から中間が感じ取った特徴は以下の通りである。

  • 年齢や家族の事情に制約されず、自らに正直に初志貫徹の生き方にチャレンジできる社会
  • 生き方の節目において、次の場面へのスプリングボード(跳躍台)となる学びの場
  • 学び、働き、楽しみ、これらをバランスよく自律的にコントロールするための学びの場
  • 学びたいとき、学びたいことを、学びたい場で学べることを可能にしている社会
  • 生涯を通じて、学び、働き、楽しむ場を往還しながら、自分の可能性を広げていく社会

 これに加えて中間は学ぼうとする一人ひとりが「教育」に全幅の信頼を置いていることを生涯学習社会の根本に見ている。第2節で扱った内閣府調査における「学校に通う意義」でスウェーデンの青年は「一般的・基礎的知識を身に付ける」に対し約9割が『意義がある[8]』と回答し、質問項目中最多であった[xii]。なお日本においては「友達との友情をはぐくむ」が最も多く『意義がある』という回答を集めており、知識や職能を得る場としての認識はスウェーデンよりも総じて低い。教育に対するスウェーデンと日本の認識の差が見て取れる。

 スウェーデンの教育政策をまとめると教育を公共が担うものであると法律で規定し、すべての人が教育を受けられるように支援制度の充実を図ってきた。日本において高等教育への進学が家計との関係に左右されていたのとは対照的に、個人が自らの意思に基づいて進学や就学が決められるよう制度設計がなされていた。それによって人々はときに働き、ときに学びながら人生を意欲的、主体的に生きていた。流されるままに生きていた人でも日常に浸透した学びの場を通じてその意欲を刺激され、高等教育を受けることを決心していた。また、経済的不安が教育への意欲を挫かないようになっていることは生活保障としての教育制度という姿をありありと伝えているように思われる。

 

第三節              「なにのゆえに」

 以上が日本とスウェーデンにおける生活保障、とくに教育政策に関するものである。端的にまとめてしまえば、日本の保障は“世帯”単位であるのに対しスウェーデンのそれは“個人”単位であった。日本の子どもにとって高校教育への進学は「自ラニ由ル」よりも「親ニ由ル」ところが非常に大きい。自分がどこに行くか(身体の扱い)、自分がどの大学の学生になるか(身分の扱い)といった問題は親の意向に依存せざるを得ない構造となっている。そうして大学に入った日本の子どもにとって就職がある意味親への報いとなっても不思議ではない。親に苦労をかけて大学へ行かせてもらったのだから、いい会社に入って孝行したいと願うのは自然であろう。だが、そうなってしまうとその後の人生は親への借りを返す人生になりかねない。「なにのゆえに」生きるかといえば、「親のゆえに」なのである。こうして日本の子どもは自分自身を自ら存在させるのではなく、あくまで自らを存在させてきた側から自身を存在させる。

 それは言うなれば「ひと」の子である。しかし「ひと」のあり方が揺らいできている。このままでいいのか、という意識が共有されるようになってきている。日本の青年が感じていることは「ひと」であり続けるわけにいかず、かといって自らを存在させる「なにのゆえに」を掴みきれないがための「不安」ではないだろうか。では、筆者である私含め青年である者にとって「なにのゆえに」はいかにして掴み取れるか。ここで重要なことは視点の転換である。子どもはたしかに親によって存在させられている。しかし、実際は親もまた子どもによって存在させられている。親が親となるのは子どもが存在したその瞬間からである。このことを敷衍すれば将来世代が既在世代を存在させるのである。

 こうしたことが明らかとなったいま、われわれに課せられているのは存在させた親へ存在を与え返すよりも、これから存在させられる将来世代へ明け渡すことであると私は述べたい。そして、それを可能にすることが持続可能な福祉世界を将来するのである。

 

[1] 最近になって、宮本(2013)は「人々の暮らしを持続可能とする仕組み」と生活保障を呼びなおしている21)           宮本, 太郎,本田, 由紀,佐藤, 博樹,宮本, みち子,埋橋, 孝文,諸富, 徹,駒村, 康平,重頭, ユカリ:生活保障の戦略 : 教育・雇用・社会保障をつなぐ 岩波書店 2013。

[2] 広井良典によれば、社会保障とはsocial securityの訳であるが、そのsecurityの語源はラテン語のse(withoutの意)にcūra(心配、憂慮の意)をつけたものであり、つまり心配ないという語義である。22)         広井, 良典:日本の社会保障 岩波書店 1999

[3] 図表で見る教育:OECDインディケータ2012「日本」http://www.oecd.org/edu/eag2012.htm

[4] 教育機関に対する公的支出のGDP比は、比較可能なデータのあるOECD加盟国のうち最も低く、2010年においてOECD平均が5.4%であるところ、日本は3.6%となっている。同2013

[5] 大学レベルまたは上級研究学位を持つ男性の92%が就業しているのに対し、同等の教育を修了した女性の就業は69%にとどまり、OECD平均の80%を大きく下回っている。同2014

[6] 23)         岡沢, 憲芙,宮本, 太郎:スウェーデンハンドブック 早稲田大学出版部 第2版 2004 p.187

なお、翻訳は二文字ら(2005)によるスウェーデン原語からのものを引用した24)      二文字, 理明,田辺, 昌吾:スウェーデンの「学校教育法」の翻訳と解題,発達人間学論叢,pp.99-142,2005.2005。

[7] スウェーデン学生支援局(The Swedish National Board of Student Aid 以下,CSN)

[8] 「意義があった/ある」と「どちらかといえば意義があった/ある」をまとめたもの

 

[i] 経済産業省産業構造審議会基本政策部会(第12回)資料5「経済社会の諸システムの変化・改革とその進捗のばらつき・不整合」平成18年2月9日 http://www.meti.go.jp/committee/materials/g60327bj.html

[ii] 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「高校生の進路追跡調査第1次報告書」(2007年9月)p.69

[iii] 東京大学「諸外国における奨学制度に関する調査研究及び奨学金事業の社会的効果に関する調査研究」報告書 平成19年3月 文部科学省『先導的大学改革推進委託事業調査研究報告書一覧』

[iv] 財政制度等審議会 財政投融資分科会「資料3-3 文部科学省説明資料 独立行政法人日本学生支援機構高等教育に対する公的支援の現況及び今後のあり方について)」平成22年11月12日

http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_filp/proceedings/proceedings/zaitoa221112.htm

[v] 「奨学制度報告書」p.338-39

[vi] 前出「高校生の進路追跡調査第1次報告書」p.64

[vii] 本稿第一章第四節第一項を参照

[viii] 文部科学省「高校生への修学支援 高校生等奨学給付金」 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/mushouka/1344089.htm

[ix] 本稿第1部第1章第10項参照

[x] 「奨学制度金告書」第5章 http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/08090305/004.htm

[xi]奨学金制度報告書」pp.124-24

[xii] 前掲内閣府調査p.97

 

卒業論文第四章「人-生(にんせい)の本来性へ」 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文参考文献 - ここに広告塔を建てよう

卒業論文第二章「所与として投げ入れられた世界」

持続可能な福祉世界を将来する哲学的思索――「定常化」はわれわれを「本来性」へと連れ戻すか

第二章   所与として投げ入れられた世界

 長年に亘って困窮した状況に置かれていると、その犠牲者はいつも嘆き続けることはしなくなり、小さな慈悲に大きな喜びを見いだす努力をし、自分の願望を控えめな(現実的な)レベルにまで切り下げようとする。――アマルティア・セン10)

第一節              生まれる世界を選べない

第一項     自由な人生か

まず舞田敏彦(教育学)が世界価値観調査(World Value Survey)の2010-2014版をもとに作成した下図[i]を見てもらいたい。「自分の人生をどれほど自由に動かせるか(How much freedom of choice and control over own life)」に対する各国の20代の回答である。

 

http://1.bp.blogspot.com/-LL-fnx0Y3jQ/U2sN9r_aZfI/AAAAAAAAGSk/5Bmo-3alOeg/s1600/%E8%87%AA%E7%94%B1%E5%BA%A6%E2%91%A1.png

 これを見て分かるように日本は最下位に位置している。すなわち、他国と比べて日本の若者は人生が自由ではないと感じていることが分かる。日本と比べると、スウェーデン(図中、瑞)はそれよりもずっと上に位置し、アメリカ(米)はスウェーデンより0.5点ほど低い位置にある。また両国とも男性より女性の方が人生を自由に感じている。これを見て、国民性の違いだと言う人もあるかもしれない。いわく、日本人は消極的であると。もうそうだとして、それは裏を返せば、日本は自分が自由であると“自由に”表明できない社会であるということにはならないだろうか。結局、国民性なるものに回収しても結果の否定には至れない。それどころか結果を裏づけることすらありうる。事実として、日本の青年が感じている自由度は他国の青年より低い。相対的にであれ人生が不自由であることは、人々の生きる社会が不自由であるとも言えよう。

 だがそもそも自由であるとか不自由であるといったことはどのような状態だろうか。自由とは「自ラニ由ル」、不自由は反対に「自ラニ由ラズ」と解せる。では“何が”自らに由ったり由らなかったりするか。それにはたとえば行動や判断があろう。「自由」とは行動や判断が自らに由って、すなわち自分自身に由来してなされていることであると考えられる。その行動や判断をしたのは“私がそうしようと選んだから”だ、というわけである。そうなると「不自由」とは、その行動や判断を“私が選んでいない(にも関わらず選ばれた)”ということになる。ではこのとき、私の代わりに選んだのは何ものなのか。何に由来してそれは選ばれたのか。自由や不自由をこのように考えると、日本の青年が感じている不自由とは「人生の選択が“自分に代わって何ものかに”なされている」という状態なのだ。その正体はいわゆる「世間」と「空気」である。

 

第二項     世間と空気が覆う人生

 突然だが“KY”という言葉を覚えている人はどれだけいるだろうか。2007年の流行語対象にノミネートされるほど流通したこの言葉は“Kuuki wo Yome”(空気を読め)ないし“Kuuki ga Yomenai”(空気が読めない)の略称である。これは場にそぐわない言動をしたり、できなかったりした人に対して主に使われた言葉である。しかし筆者の感ずるところ、これが発せられるときにはもっと踏み込んだ意図があったように思われる。「空気」を読めるかどうかはいわば、その場の成員であるか否かという分水嶺として機能している。それを読めないことは成員としての資格停止、あるいは剥奪の理由となる。「空気を読め」とは成員としての資格を復活させたくば場を弁えろということであり、「空気が読めない」とは同じ成員としてやっていけないということなのである。

 このように「空気」はその場にいるものの振る舞いを規定する筋書きのようなものであり、規定された振る舞いをとらない者はその場からやがて除かれる。作家で演出家の鴻上尚史はその著書(2009)11)で、「『空気を読む』とは“日常というテレビ番組”に出演するようなものだ」とした作家・藤原智美の表現を紹介している。さしずめ私たちは「空気」という台本を読まされて、それに沿って演じなければ舞台から降ろされる役者である。厄介なことに「空気」は目に見える台本ではない。その場にいる人々の振る舞いから“察する”かたちで読み取らなければいけない。「空気」が支配する場において“自らに由って”振る舞うなどとうてい認められず、空気に由ってのみ振る舞うことができる。その「空気」について鴻上は前掲の書の冒頭で「『空気』とは『世間』が流動化したもの」であるとしている。では「世間」とは何で、それが流動化したとはどういうことだろうか。

 鴻上は「世間」を“自分に関係のある世界”とし、「社会」をそれに対置させて“自分に関係のない世界”としている。鴻上は、電車の席を友人の分だけ確保して待つ女性の例を引いて、彼女が「世間」(友人)には関心があっても「社会」(友人以外)には関心がない様を伝えている。彼女は他に席が必要な人がいるとは露とも思っていないというわけである。なぜなら彼女にとって気を遣う相手は「世間」であって「社会」ではないのだから。こうして「社会」と対比させた「世間」に鴻上は5つのルールを見ている。それは贈与・互酬の関係、長幼の序、共通の時間意識、差別的で排他的、神秘性である。言い換えれば、立場上の利害関係がある、年齢の上下で立場が決まる、個人の時間はない、身内にしか関心がない、無根拠な振る舞いが支配的といった具合である。これらは全て、その人がどういった人であるかとは無関係に定まる。何を考えているかとか感じているか以前に、“そういうものだから”として「世間」のもとにある人は受け入れるほかない。いや、受け入れるというよりも「世間」に呑まれてしまっている。自分が「世間」的な振る舞いをしていること自体に気づいていないのである。

 そして鴻上はこのような「世間」のルールのうち欠けたり揺らいだりしているときに感じるのが「空気」であると見ている。すなわち、“そういうものだから”という「世間」が、“さしあたり今はこうである”というかたちで現れるのが「空気」である。そこには、いつかは変わるかもしれないがという含みがある。だから鴻上は「空気」を「世間」が流動化したものとみなすのだ。“KY”と関連して考えると、「空気を読め」とは欠けたり揺らいだりした「世間」を補強せよということであり、「空気が読めない」とはその作業を怠ったということである。

 前掲書の後半で鴻上は時勢が移り変わるにつれて「世間」がほつれ、それがために「空気」があちこちで生じており、若者が「空気」に苛まれている様に言及している。上記で日本の20代が自らの人生を比較的不自由に感じていることを述べたが、その原因と呼べるものが「空気」であり、いまだ根強い「世間」である。その「世間」は日本においてつねにすでに存在している。鴻上は「世間」がもつそうした性格を「所与性」と呼んだ。それは「自分が選んだものではなく、知らないうちに巻き込まれ、そこにすでにあるもの」(p.66)である。日本で生まれた人は自分で選んで生まれてきたのではない。つまり彼らにとって日本は所与である。それがすべてではないにしても、日本の青年は明らかに“日本の”影響を受けている。日本にいて日本的な影響下にないことは無理に等しい。

 とはいえ、私はこのことを“日本人だから”という観点から考えて、いわゆる日本人論として語ることはしない。それは結局、日本人とは“そういうものだから”という「世間」の枠内で論じることと変わらないだろう。「日本人論」という言い方にはすでにある一定の日本人像を前提としている。これを海外の人に端的に伝えることはできるだろうか。鴻上の言うような「社会」の人に、日本と関係のない人相手に「日本人論」を語ったところで、だからどうして日本人はそうなのだ?と返されてお終いではなかろうか。「空気」と「世間」の問題において根底的であるのは「日本人」であることではない。「日本人」が日本につねにすでに“存在してしまっている”ことそのものである。日本という所与よりいっそう所与的であるこの原‐所与にこそ目を向けなければ、ことの本質に至ることはできない。

 

第二節              われわれは存在させられている

 すでに存在してしまっていること、これを原-所与とした。われわれはつねにすでに世界に存在してしまっている。というよりも、存在“させられて”しまっている。誕生を日本語では“生まれてきた”というが、英語では“I was born.”であり、その受動性が一目瞭然である。自分が望むと望まざるとに関わらず、われわれはこの世界に生まれさせられた。直接的には母親の胎内からだが、しかし母親とて卵子精子を“意識して”受精させたわけではない。自ずから受精はなったのだ。それはやがて母親の身体に変調をもたらし、胎児が宿ったこと、つまり胎児の「存在」を気づかせる。この「存在」は二重の意味である。それは存在するもの(胎児)としての存在のみならず、胎児が“存在することそのもの”としての存在である。いわば存在が胎児を存在させるのである。

 このように存在を存在するものではなく、存在させることから捉え直したのがドイツの哲学者ハイデガーである。その彼が言うに、謂われもなく存在していることが一度気になると気になってしかたないのが、現に存在してしまっている現存在であるところの存在者、すなわちわれわれである。われわれは実のところ存在することそのものについて日常的にはまったく考えもしないのに、何かが存在するかしないかを語ることができている。しかもそれは具体的な物に限らない。この論文を書いている私は参考文献が手もとに“ある”と言えるし、期限までもう時間があまり“ない”とも言える。ただし私はその“ある”とか“ない”といったことの中身について厳密に考えて言っているわけではない。文献があるから参照できるとか、時間がないから区切りをつけて書き上げようと思うなかでそれらを把握しているだけである。ハイデガーは「存在」を問うにあたって現存在があらかじめ存在について日常的に知っていることを『存在と時間』で手がかりとした12)。さらに現存在は自身についても前もって知っている。

私たちはその平均的存在了解のうちでつねにすでに動いており、だから結局、この存在了解は現存在それ自身の本質的体制にぞくしているのである[1]。(¶21)[8]

現存在はじぶん自身をつねにみずからの実存から、つまり、じぶん自身であるか、じぶん自身ではないかという、みずから自身の可能性から理解している。(¶36)[12]

 けれど改めて考えてみると、われわれはなぜ存在や自身について日常的にであれ知ることができているのか。それは現存在がその根本体制において「世界内存在」だからである。

 

第一項     世界内存在であるわれわれ

 「世界内存在」という言い方で表されていることは、世界“外”存在があることでは決してない。そのように内外や主観客観といった西洋哲学で伝統的にとられてきた見方をハイデガーは退ける。「世界内存在」は「世界のうちで」(¶155)、そのつど世界内存在という様式で存在している存在者(¶156)、内存在そのもの(¶157)に分けて捉えられる。これはすでにある世界で、その世界にいる者として、その世界に親しんでいることと言えよう。このすでにある世界には当然、すでにいる者がある。たとえば子どもにとっての親である。子どもはすでに親がいる世界のもとで、あれこれを真似たり習ったりして物事を覚えていく。はじめ親が呼ぶように自分を名前で呼び、やがて他者に応答する者として「私」を口にする。高田(201413))が指摘するように「そもそも自分の存在が意識されるのは、他者との区別や関係においてである」が、しかし「いつも他者との関係において自分を見るというのは、結局、他者の支配に服し、自分を見失うことに繋が」ってしまう(p.211)[2]

第二項     現存在の日常性・非本来性

ひととの関係において生きるとき、現存在自身が「ひと」なのだ。「ひと」はたいてい自分自身として生きているのではなく、自分が世間的な営みとして行っているものになっている(同)[3]

 これはまさに前項「世間と空気が覆う人生」で見た内容に重なる。山本七平が「空気」の正体と見ている臨在感的把握はこの「ひと」があたかもその場にいて、場の成員を監督しているかのように捉えていることとも言えよう15)

 われわれはつねにすでに存在させられてしまっているがゆえに、それ以前からすでに存在してしまっている世界や「ひと」との関わりから逃れることができない。日本に生まれたなら日本の、日本人に囲まれて育ったなら日本人の影響を不可避的に受けて生きている。しかし、その人生は「ひと」のものであっても、自分のものではない。「人は誰しも」や「みんなは」という言い方で名指されているのは特定の誰かではなく、誰にでも妥当しうるものとして考えられている「ひと」なのである。

 〈ひと〉[4]とは特定のひとではなく、総和としてではないにしても、〈みな〉である。〈ひと〉が日常性の存在のしかたを指定しているのだ。(『SZ』(¶350)[127])

 こうして現存在の日常的なあり方は「ひと」によって定まる[5]。しかしこのことは現存在を安逸な方へ、すなわちハイデガーが言うところの「非本来的」あり方へと現存在を連れていく。「ひと」とはいわば範型であって、それに合致したりそれが妥当したりする間は現存在が個別に振る舞わずとも済む。日常性への没入は「頽落」である。その日常性が意義を失うとき、現存在は根本的な不安に襲われる。

 

第三項     現存在の頽落と不安

 非本来的に存在しているとき現存在において「じぶん自身〈ではない〉ことが、存在者の積極的な可能性として機能して」(『SZ』(¶501)[176])おり、さしずめ「自ラニ由ラズ」に行動や判断することが「世間」や「空気」のもとで肯定されることに似ている。そうして頽落は「空談」「好奇心」「あいまいさ」(同¶500)[175]]から特徴づけられる。空談とは会話のための会話であり、内容が伴っていない。好奇心とは見ようとすることであり、野次馬やパパラッチに通じるものがある。あいまいさとはなんとなくそう思っていた程度のことが当たると“ほら、やっぱり”と口にするわりに、何をどう思っていたかは定かでないことである。たとえば、ワイドショーをよく見て、そこで語られたことを受け売りに話し、たまたま話に上った憶測がのちに放送されると言った通りだと頷くようなものである。

 留意したいことはハイデガーがこういったことを“否定的に見ているのではない”と言っていることである[6]。読む方としてはそこに非難を見て取ってしまうが、肝心なことはそれらが〈ひと〉に没入していれば当然に生じるであろう点にある。言うなればある種「自然現象」である。手前のドミノが倒されると後続のドミノも倒れるように、日常性にあって現存在は非本来的存在へと傾き、頽落へとすべっていく。ただし、このような「世間」性はハイデガーも参照したであろうキルケゴールにおいては徹底的に批判されている。

どうでもよいことが、世間ではいつでも問題にされるのである。つまり、どうでもよいことに無限の価値を与えるのが、世間というものなのである。世間的な考察は、いつも人間と人間とのあいだの差別にのみ執着し、だからまた当然のことであるが、唯一の必要なもの(これをもつことが精神の精神たるゆえんなのだから)に対する理解を持たず、それゆえにまた、偏狭さと固陋さに対しても理解をもたない、これはつまり、自己自信を失っていることにほかならない16)(p.64)

 ハイデガーが『SZ』でキルケゴールに言及するのは次に取り上げる「不安」について述べるなかにおいてである。キルケゴールのなした不安の分析について評価しつつも、その限界に言及している[7]。ではハイデガー自身は不安をどのように捉えたか。

 ハイデガーは現存在の根本的情態性として「不安」を位置づける。それは頽落している現存在を本来性へと向かわせうる契機として表れる。不安について分析するさい、ハイデガーはそれを「恐れ」と区別する。恐れは「世界内部的な存在者」に対して、それが「脅かすもの」であることを明らかにする。しかし不安においては世界内存在そのものがその対象である。不安の所在はどこかにあるでもなく、むしろどこにもなく、それ全体として迫ってくる。それは不安が、もはや日常的に理解されたあり方が通せず世界が無意義と化したさまを露わにするためである。

不安にあっては、周囲世界的に手もとにあるもの、一般に世界内部的な存在者は沈みこんでしまう。「世界」はもはやなにものも呈示することができず、他者たちの共同現存在も同様である。不安はこうして、「世界」と、公共的に解釈されたありかたとにもとづいて頽落しながらじぶんを理解する可能性を現存在から奪ってしまう。(『SZ』(¶543)[187])

 不安は非本来的なあり方の現存在においてつねに潜在している。それが露出したときに現存在はわけも分からず苛まれる。わけが分からないだけに、それが過ぎ去ったあとには“何でもなかった”かのように思われもする。また不安は現存在の根底に伏しているが、その現れは個々の現存在においてである。それまでの日常において妥当していたことがふとまったく通用しなくなったとき、その場に居合わせた個々の現存在の情態に現れる。だが、不安に襲われることで現存在はじぶん自身が世界に自体的に存在しているのではなく、つねにすでに存在させられてしまっていることに気づくことになる。その事実の“もとで”安逸に流れるか、その事実の“うえで”果断に生きようとするかが非本来性に留まるか本来性へ向かうかの分水嶺となる。

単なる「恐れ」とは異なり、「不安」は、世界のなかで出会われる特定の物事に脅かされることによって生じるものではなく、その「対象(Wovor)」は、そもそも「自分が世界内存在してしまっている」という根源的被投性の事実そのものである。私は圧倒的に受動的な仕方でこの事実に当面しつつ、なおも不断に「おのれに先んじて」、自己の世界内存在の可能性へと委ねられざるをえない17)。(古荘真敬、p.75)

 こうして不安が明らかにしたことは「現存在がじぶんに先だって存在していること」(『SZ』(¶555)[192])であった。そこにハイデガーは世界内存在の本質として「気づかい」を見る。その気づかいは「~のもとでの存在」(配慮的気づかい)と「~のうちですでに存在していること」(顧慮的気づかい)として捉えられた(『SZ』(¶559)[193])。そして気づかいにおけるこの「じぶんに先だって」いるあり方は「もっとも固有な存在可能」に関わる。その「もっとも固有な存在可能」とは自分自身の「死」である。死は確実に到来するが、「ひと」はいつかやってくる(今はまだ来ない)こととしてさしあたりその切迫さから目を背ける。現存在が本来性へと向かうのは、この死を“じぶん自身”の終わりとして引き受けると「先駆的」に「決意」した場合である。

 

第四項     現存在の先駆的決意・本来性

 では現存在はいかにしてその決意にいたるのか。ここでハイデガーは「良心」に独自の意味を込めて、現存在に「負い目」があることを告げるものとして導入する。それは「現存在の被投性、とりわけ、自己の根拠を自ら置いたのではない(nicht)という性格、すなわち、非力さ(Nichtigkeit)」18)(佐々木一也、p.466)を自覚させる。すでに何度か述べた、現存在がつねにすでに存在してしまっていること、存在する謂われなく存在させられてしまっていることが現存在にとって「負い目」となるのである。極端に言えば、現存在は別に生まれてこなくとも構わず、それでいて死ぬことが確実である。それでも、あるいは、だからこそ本来的であるには「自ラニ由ッテ」“じぶん自身”が存在する根拠をもとうとしなければならない。

みずから選択した存在可能の〈なにのゆえに〉にもとづいて、決意した現存在は、みずからの世界に対してじぶんを開けわたす。じぶん自身への決意性が現存在を、はじめてつぎのような可能性へともたらすのである。つまり、共同存在している他者たちを、そのもっともと固有な存在可能にあって「存在」させ、この存在可能を、先だって飛び-解放する顧慮的な気づかいのうちでともに開示する、という可能性である。(『SZ』(¶898)[298])

 それまで「ひと」として規定されるがままだった現存在は「先駆的決意」によって初めて、他者をも「そのもっとも固有な存在可能」において、「存在」させることが可能になる。すなわち他者をして「ひと」から本来的な“じぶん自身”へと向かわしむることができるようになるのだ。同じ個所でハイデガーはそうした現存在が「他者たちの『良心』となることがありうる」と述べている。

 これまでをまとめると、世界内存在としてつねにすでに世界へ投げ入れられている現存在であるわれわれは、その世界が意義を失ったおりに露呈する不安によってその存在の薄弱とした根拠が明らかとなったことから、本来的に“じぶん自身”であるために、存在根拠の乏しさを受け入れることを決意し終わりとしての死に先駆けることが要請される。こうして、この節ではハイデガーの哲学に依拠しながら人間の根底的あり方を見た。

 このことを踏まえて第一章「不安の時代」を改めて考えると、いわば現代は一人ひとりがというよりも人間そのものが不安にさらされ、根底から存在の「なにのゆえに」が問われていると言えないだろうか。これまでは経済成長が、言い換えればパイの拡大が何もかも解決するとされ、それが続く限りで人々はたしかに安心してこられた。日本では1970年代の石油危機にいっとき経済成長の見直しが図られたものの[8]、しかしその危機を逆手にとって更なる経済成長を遂げることができてしまった。結局のところ、そのとき経済成長について根本的に考えることをしなかったがために、もはやパイの拡大による解決が望めないわれわれは立ち往生している。はたして、われわれは「なにのゆえに」存在するのだろうか。われわれの生きる社会もまた「なにのゆえに」存在するのだろうか。第三章ではそのことについて考えたい。

 

[1]存在と時間』を参照するにあたって以後、『SZ』と略し熊野純彦訳から引用する。()は段落の通し番号、[]は原書の頁を表す。強調はとくに断りがない場合、原書による。

[2] 他者との関わりで自我をもつことはG.H.ミードの言う「一般化された他者」を想起させるが、そこでいう自我は「ひと」(das Man)のそれであって、誰か特定の自我それ自体にはなりえないように思われる14)              Mead, George Herbert,船津, 衛,徳川, 直人:社会的自我 恒星社厚生閣 1991。

[3] 二番目の強調は筆者。

[4] 高田の用いる「ひと」と熊野訳における〈ひと〉の意味内容は同じである。

[5] 重ねて言えば、日本における「世間」と「空気」はその生じ方こそ日本独特であっても、根底的には日本特有の現象では必ずしもないだろう。

[6] 『SZ』(¶474)[167]、同(¶501)[176]

[7] 『SZ』(¶551)[190]欄外1

[8] たとえば77年に経済企画庁国民生活局国生活政策課(当時)が出した『これからの生活と自由時間』には次のような一文がある。「人々はこれまでのただ働くだけという仕事中心の社会通念や慣習から脱し、……人間として生きがいを探し始めたのである。このことは人々が仕事を放棄し遊び呆けるようになったということでは決してない」(p.25)ともすると今日における言説として提出されてもなんら違和感がない。

 

[i] 舞田敏彦「自分の人生をどれほど自由に動かせるか」『データえっせい』2014年5月8日木曜日http://tmaita77.blogspot.jp/2014/05/blog-post_8.html

 

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