読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

思いがけないこと――政策・情報 学生交流会

「第39回 政策・情報学生交流会」(http://www.koryukai.org/)の応募が始まりました!
私はこれまで三回参加しました!毎回たくさんの学びがあり、成長できた実感があります!

なんて「学生団体の宣伝」などという、これだけで2ちゃんねるでやり玉にあがりそうなことの一端をまさか自分も担うなんてことは思いもしなかった。それでいえば、まさか二回も分科会を開くことなんて想像だにしなかった*1

この交流会の特徴はまさにこういうところにある。某428学院の広告じゃないが「なんで私がチューターに!?」*2である。自分はこれまで学級委員長みたいなことさえ務めたことがないし、務めたいと思ったこともないにも関わらず。そういう人にでも、やってみるかという気を起させるものがある。
二年前までは講義の前にあるそういう告知を「ほげー」と右から左に聞き流していただけだ。それがいったいどうしたことか。特に何があったという訳ではない。たまたま火曜日の2限の講義に顔を出したら「政策・情報 学生交流会」なるものの広報をしていて(しかも担当者はゼミの先輩だったと後に知る)、さらにたまたま4限の講義でもその広報に遭遇してしまい(担当者は別だったがまたゼミの先輩だった)、ああこれは巡り合わせってやつなのかしらんと思った程度である。
そのときの講義の先生が「これは言うなれば他流試合のようなものですね」と評していて、「俺より強いやつに会いに行く( ∵ )」などというミサワ風の気持ちをもったかもたなかったは置いておくとして、ちょっとは興味をもった程度である。

 応募締切ちかくになって応募してみて、定員オーバーだったらそれまでの縁ねと思っていたらあっさり定員に入ってしまっていた。そこから先は乗り掛かった舟だからと開き直った。
結局、3泊4日の交流会を乗り切って「楽しかったな」と率直に思った。単純に楽しかったというより知的好奇心の意味で楽しかった。それに、それまでは同じ学科の知り合いを挙げるのに指一本で足りていたのが、両手を使わないといけなくなった。しかも後輩も先輩もできた。東北や関西の友人知人もできて、それまで名前だけ知っていた大学や地名がぐっと近くになったように思われた。
「知る」ということはパズルのピースをどこにはめたらいいかとひらめいたときと同じ快感があるように思われる。一つのピースが新たなピースを呼ぶ。そういう感覚は結構わくわくするものだ。

交流会で「社会問題を議論する(キリッ」なんて“意識高そう”だが、実際に高いのは開催地の“標高”くらいなもんである。前回(3月)は群馬県赤城だったし、今回(9月)は岐阜県乗鞍だ。
「これからの社会」を題材にしながらその実「これからの自分」を考えることになるのがこの交流会。だいたい、自分のことですらぐらぐらの人間が社会について語ったところで覚束ないものになるに決まっているのだ。ようやく立ち上がった赤ん坊がこの先の人生について考えたってまだどうしようもないのと同じだ。

交流会の一番の長所はその「ほどほどさ」加減にある。アホみたいにきつくもなければ、バカみたいにゆるくもない。尻込みする必要も怖気づく必要も全くない。自分のやりたいように動いていけばいい。わざわざ参加費払って遠出して100人以上の人間と80時間くらいも共にする“非日常”なのだから普段と打って変わって振る舞っても構いやしない。交流会には「まあ、行ってみるか」くらいがちょうどいいだろうし、それで面白かったらまた参加すればよい。それだけの話だ。
 
 
※この交流会はとりわけ大学一、二年生にオススメしたい。
大学に入ったはいいものの、なんとなく過ごしながら、たいした満足も不満もないなか、でもどこかで焦りやいら立ちを感じている人は特に。
 
 
 
 
社会人という言葉がある。大学を卒業するとそれになることが求められる。
そんなこと言うならそれまでは社会にいなかったってことかよと、文句を言いたくなる気持ちはよく分かる。私もこの言葉は好きじゃない。
それでも、あえてこの言葉を出したのはそこには「身一つで実社会に出る」ということが含意されていると思っているからだ。
他の誰でもない、誰かの子どもでもない、学生とか勤め人以前の、そのままの自分として社会に繰り出していく必要があるのだ。
大学の権威にも、会社の威光にもよらない、自分が決める自分の姿がそこにはる。
 
交流会では自分の意見が求められる。自分は何をどう考えているかがその場をつくる。
それは不慣れであればあるほど心許ない。けれど、どれほど拙くても周りの人はきちんと聴いてくれるし、受け止めてもくれる。
ある意味で“裸の付き合い”なのだ。そういうダイレクトな関わりが面白いからこそ、交流会はまた来る人が多いし、終わった後も交流が続く。
身一つでぶつかることは確かにこわい。言い訳ができないからだ。全部自分にかえってくる。実はそれは他の人も同じで、お互い心の底ではこわがりながらも「協力」して「課題」にあたる「経験」を積むことで徐々に慣れていく。
自分ひとりでどこまでできるかという見極めと、他の人とならこれだけできるのかという発見がそこにはある。
そして、身一つで動けるようになると打たれ強いという意味でも、どこでもやっていけるという意味でも強くなる。
大学生の強みは学生でなくなれば、会社人の強みは辞めてしまえば消えてしまう。
けれど自分の強みは自分である限りずっとあるのだ。
 
 

 

*1:第38回で開いた分科会の模様を伝えたものがこちら。

あの日やり遂げた分科会の振り返りを僕はまだしていない(前篇) - ここに広告塔を建てよう

あの日やり遂げた分科会の振り返りを僕はまだしていない、と言ったな。あれは嘘だ。 - ここに広告塔を建てよう

*2:公式HPによると「チューターとは、分科会を取り仕切る講師役の学生のことです。 分科会は企画から実施までチューターが行います。」