カッコつけたワインベスト5

 バーンバーグのこの企画が面白かった。「好きな●●」を答えるだけなのに、そこについ見栄を潜ませてしまう。

www.e-aidem.com

原宿「それは、誰でも知ってるカイジより、もうちょっと詳しい感を演出したかったからです……」

ギャラクシー「『好きな漫画ベスト5』で、ドラゴンボールを入れるのは勇気がすごい。『誰でも知ってるだろ』とか『有名な漫画しか読んでないの?』って思われそう」

シモダ「誰でも知ってる作品を挙げると『そりゃそうだろ』で話が終わっちゃうっていうのはありますけどね」

 「●●通」を自負している人は、「好きな●●」を尋ねられたときに、“通ぶり”を発揮してしまう。●●を好きになるきっかけになったベーシックな経験があったはずなのに、“通ぶる”ためにベーシックなものをあえて避けてしまう。そういう心理はこの企画でも「これを好きだと言ったら普通すぎやしないか」という風に表れている。
 ベーシックとマニアックとの間にあるこの落とし穴には、「●●通」に尋ねる側も時としてはまってしまう。何から手をつけたらいいか知りたいのか(ベーシック)、それとも一般には知られていないことを知りたいのか(マニアック)によって、適当な尋ね方は異なってくる。

 さて、これにかこつけて、「カッコつけたワインベスト5」と「カッコつけてないワインベスト5」を書いてみる。

「カッコつけたワインベスト5」
1位アンリオ アンシャンテルール 1996
2位エゴン・ミュラー シャルツフホフベルガー 1990
3位ロバート・ヴァイル キードリッヒャー・グレーフェンベルク リースリング トロッケン GG 2014
4位ドメーヌ・アルヌ・ラショー ヴォーヌ・ロマネ オート・ド・メズィエール 2009
5位マルセル・ダイス シュネン・ブルク グラン・クリュ 2008

「カッコつけてないワインベスト5」
1位クロスター・エーバー・バッハ シュタインベルガー カビネット
2位ロバート・ヴァイル リースリング トロッケン
3位アンリオ ブリュット・スーヴェラン
4位サッポログランポレール 北海道ケルナー辛口
5位ドメーヌ・ヴァインバック リースリング キュベ・テオ

 こうして書いてみると、上は「語って聞かせたいワインベスト5」で、下は「試しに飲んでもらいたいワインベスト5」って感じがする。他の人におすすめを尋ねるときの、尋ね方のヒントになりそうだ。

「福祉の政治過程」の意味と修論アウトライン Ver. 06.19

 私の研究テーマは「福祉の政治過程の日独比較:国家干渉および私的自治の観点から」である。この「福祉の政治過程」の意味を、これまで私は明確にしてこなかった。今回は私が「福祉の政治過程」をいかなる意味で用いようとしているかについて記す。

 また、後段では先日公開した修論のアウトラインに暫定的な参考文献リストを付したものを記す。参考文献は今のところダウンロードした論文が多い。留学中で日本語書籍の入手が容易でない(とくに古書)ためである。今回参考文献を付したのはドイツに関するものが中心である。というのも、私はこの留学中に修論のドイツに関する部分をあらかた書き上げる予定でいるからだ。これまでのアウトラインは12月25日の〆切を見据えたものであった。今回の分はドイツ部分の完成目安としている7月31日を見据えたものである。

 

 

2017620

福祉の政治過程

 

 福祉を個人の人権として保障することは、必然的に個人の自由を保障することも含意している。福祉国家が問われているのはつねに、この個人の福祉の保障と個人の自由の保障とのバランスである。これらは相互依存関係にあると同時にディレンマの関係にもある。この関係は言い換えるならば、国家干渉と私的自治との拮抗関係である。個人の福祉を保障するには、個人の生活状況を脅かしている要因を取り除く必要がある。それを大規模に実施するのが国家干渉である。ただし、国家干渉の合法性と正当性は個人の権利行使の下にある。個人の自由を保障するには、公権力の不当な干渉を排除する必要がある。それを可能にするのが、言論、集会・結社、内心の自由である。これまた注意しなければならないのは、国家干渉と私的自治との拮抗関係と言った場合、あくまでその主導権は私的自治の方にあるという点である。つまり、公権力が私的自治の範囲を定めるのではなく、私的自治の方が国家干渉の範囲を定めるということである。公権力が、個人の福祉の保障を私的自治に転嫁することは本末転倒である。公権力はただ、私的自治に出来ないことに限ってその干渉を許されているに過ぎない。国家干渉と私的自治との拮抗関係とは、私的自治には何が出来て公権力は何をすべきかを見極める不断の取り組みのことである。

 「福祉の政治過程に関する日独比較」は次のことを明らかにする。まず、ドイツではなぜ、いかにして福祉が権利と認められるようになったかについて。次に、日本ではなぜ、いかにして福祉が権利として認められるに至らなかったかについて。日本は明治以降にドイツからさまざまな思想や制度を取り入れたにも関わらず、ドイツと同様の過程を経ることはなかった。その経緯を明らかにするには次の問いに答える必要がある。第一に、ドイツからもたらされた思想や制度はどのようなものであったか。第二に、ドイツからの影響は日本でどのような結果をもたらしたのか。そして第三に、何がドイツと日本との間に思想および制度上の違いをもたらしたか。以上の三つにこたえることで、日独の福祉の政治過程の差異が明らかとなる。結論を先取りすれば、第一にドイツでは個人の自由と福祉の保障に限って国家干渉を認められるようになった。第二に、日本では社会秩序の維持ないし醸成のために国家干渉が行われてきた。そして、ドイツと日本とでは近代化を促した内在的要因、外在的状況、時期が異なることが、両国の福祉の政治過程に決定的な違いをもたらしたのである。

 

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 修論アウトライン 

「福祉の政治過程に関する日独比較:国家干渉および私的自治の観点から」

2017年6月19日 

高階英樹(人文社会科学研究科公共研究専攻) 

1.   研究の対象、手法 

A.      問い(研究の対象)

       i.     いかにして日本で福祉国家が形成されたか

B.      答え(研究の目的)

       i.     強い国家干渉と弱い私的自治が相まって形成された

C.  論拠(研究の手法)

       i.     明治期以降の日本に影響を与えたドイツの福祉政治過程との対比から明らかとなる

2. 検討する概念の整理

A.  福祉Wohlfahrt

翻訳 福祉の概念史(1)

福祉の概念史Ⅱ[翻訳]

翻訳 福祉の概念史(3)

 

B.  公共の福祉Gemeinwohl

木村周市朗  法治国家と「公共の福祉」 : ドイツ法治国家思想の歴史的射程

C.  ポリツァイPolizei

吉田耕太郎  ドイツ民衆啓蒙思想の社会的意義--官房学そしてザクセンの復興を支えた知的枠組を例に

吉田耕太郎  善き秩序--ポリツァイ概念史研究の可能性と課題-

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(1):ドイツ近代行政法学史への序論として

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(2):ドイツ近代行政法学史への序論として

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(3):ドイツ近代行政法学史への序論として

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(4):ドイツ近代行政法学史への序論として

 

D.  社会政策Sozialpolitik Social reform

大陽寺順一  社会政策の主体と総資本の立場

大陽寺順一  西ドイツ社会政策論の岐路

大陽寺順一  社会政策論における原理論と国家論

高田一夫   社会政策の長期動的理論 : 山田教授の社会政策正統性理論に関説して

臼井英之   社会政策論における社会的観点 : 現代ドイツ社会政策論の一断面

三苫利幸   大河内一男『独逸社会政策思想史』とヴェーバーの位置

臼井英之   ハインツ・ランペルト著 ドイツ社会政策史(I)

臼井英之   ハインツ・ランペルト著 ドイツ社会政策史(2)

ライプリード, シュテファン 布川, 日佐史 ヨーロッパ社会国家 : ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望

金子良事 日本における「社会政策」概念について : 社会政策研究と社会福祉研究との対話の試み

 

 

E.  福祉国家Wohlfahrtsstaat Welfare state

木村周市朗  ドイツ社会保障概念の形成と社会政策

宮崎文彦   「行政国家」から考える公共性論

島健司   歴史の長い影 : ビスマルク福祉国家改革と政治過程

F.  法治国家Rechtsstaat

高田敏     シュタールにおける法治国の概念

広沢民生   民主的な「社会的法治国家」への途--ヘルマン・ヘラーの「社会的法治国家」について

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (1) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (2) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (3) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (4) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

G.  社会国家Sozialstaat

木村周市朗  福祉国家と社会国家 : 西ドイツにおける両概念の史的連関構造をめぐって

木村周市朗  近・現代的干渉主義の成立 : ドイツ福祉国家思想史の一視点

木村周市朗  ドイツ福祉国家思想史

石塚壮太郎  国家目標規定と国家学 : その基本権制約ドグマーティクへの照射

石塚壮太郎  社会国家・社会国家原理・社会法 : 国家目標規定の規範的具体化の一局面

石塚壮太郎  「生存権」の法的性質 : 主観的権利としての成立とその意義

 

3. ドイツ社会政策史

A.  旧福祉国家(ポリツァイ国家)

成瀬治     ルターと国家権力

成瀬治     Landständishe Verfassung考 (上) : 身分制の歴史理論的把握のために

成瀬治     Landstandische Verfassung考(中)--身分制の歴史理論的把握のために

成瀬治     ジャン=ボダンにおける「国家」と「家」

成瀬治     近代市民社会の成立 : 社会思想史的考察

成瀬治     初期近代における「公」と「私」

成瀬治     絶対主義国家と身分制社会

B.  カントによる旧福祉国家批判

       i.     「幸福主義」批判

木村周市朗  カントの旧福祉国家批判について

木村周市朗  質料倫理問題としての生活課題 : 「カント後」問題とヘーゲル

大竹信行   ヘーゲル法哲学』におけるポリツァイについて--福祉行政・社会政策論の論理的性格と理論的基盤

大竹信行   カント法論における「福祉」

大竹信行   プロイセン行政とヘーゲルの福祉思想

大竹信行   カントの家族法理論 : プロイセンの家族変容と『人倫の形而上学

 

C.  ポリツァイ学の変容

       i.     「福祉」を除外して「安全」に限定

D.  法治国家論の興隆

       i.     自然法の否定と実証法学

      ii.     国家目的と法との分離

E.  「社会問題」の発生と深刻化

       i.     農民解放

      ii.     初期自由主義

    iii.     パウペリスムス

成瀬治     初期自由主義と「身分制国家」 : ヴュルテムベルク憲法の成立をめぐって

木村周市朗  バーデン初期自由主義とフランツ・ヨーゼフ・ブス

木村周市朗  ドイツ法治国家思想の形成 : 市民的自由と国家干渉(一)

木村周市朗  絶対主義末期の干渉主義批判の一類型 : 市民的自由と国家干渉(二)

東畑隆介   F・V・シュタインの「都市条例」について

東畑隆介   プロイセン農民解放の理念について

東畑隆介   ハルデンベルクと「国民代表制」の問題について

東畑隆介   シュタイン市制の成立と展開

大野達司 山本洋子 <翻訳>オットー・フォン・ギールケ「シュタインの都市条令」

 

F.  社会政策論の登場と発展

       i.     ローベルト・フォン・モール

木村周市朗  カント・改革時代・モール(上)  ドイツ干渉国家と法治国家思想

木村周市朗  カント・改革時代・モール(下) : ドイツ干渉国家と法治国家思想

      ii.     ローレンツ・フォン・シュタイン

滝井一博   ロレンツ・フォン・シュタインにおけるドイツ国家学の形成-1

滝井一博   ロレンツ・フォン・シュタインにおけるドイツ国家学の形成-2完

木村周市朗  シュタイン行政国家論の成立

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(1)ギゾー

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(2)アリストテレス

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(3)ルソー       

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(4)アダム・スミス

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(5)カント、フィヒテヘーゲル

柴田隆行   前期シュタインの国家学における国際関係理論と自治理論

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの自治理論

柴田隆行   ウィーン大学におけるシュタイン講義

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの自治理論の学説史上の位置

柴田隆行   シュレスヴィヒ・ホルシュタインの歴史から考えるローレンツ・フォン・シュタインの〈国家・社会・自治〉

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの自治団体論

柴田隆行   シュタインとグナイストの交流 : 往復書簡を通して(上)

柴田隆行   シュタインとグナイストの交流 : 往復書簡を通して(下)

柴田隆行   自治をめぐるグナイストとシュタインの理論上の差異

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの教養形成論

    iii.     アドルフ・ヴァーグナー

木村周市朗  ドイツ国家学と経済学 : カール・ハインリヒ・ラウの「官房学の再編成」を中心に

 

G.  国家干渉の正当化

       i.     ビスマルク国家社会主義政策

一條和生   社会改良と社会民主主義 : ドイツ第二帝制期の社会改良協会

屋敷二郎   フリードリヒ大王の法観念 : 私法の倫理性と法曹の社会的使命

福澤直樹   ドイツ第二帝政ライヒ保険法の成立過程とその社会政策的意義 : ライヒ政府と産業界との相剋を中心に

福澤直樹   ドイツにおける社会国家の途 : 第二帝政期から現代に至るまでの歴史的経験

木村周市朗  社会民主主義と自治体政策 : フーゴリンデマンゲマインデ行政改革

 

      ii.     ケッテラー司教による演説

木村周市朗  19世紀中葉ドイツ・カトリック社会運動についての覚書 : ケッテラー社会政策思想研究のために

木村周市朗  ラッサールとケッテラー : 十九世紀ドイツ・カトリック社会経済思想史の一側面

木村周市朗  ケッテラー社会経済理論における「自治」と国家

    iii.     エルバーフェルド制度

      iv.     シュトラスブルク制度

H.  第一次世界大戦

       i.     総力戦体制

北村陽子 近代ドイツにおける戦時女性動員と社会活動の形成

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(一) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(二) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(三) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(四) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(五) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(六) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(七・完) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

 

I.  ヴァイマール共和国

       i.     自由主義と「家族の危機」

      ii.     家族保護ワーカー

山田高生   ヴァイマル経済民主主義の成立前史 : 第一次大戦前における思想的先駆と自由労働組合の社会政策

山田高生   ヴァイマル経済民主主義にかんする一考察

島健司   ワイマ-ル体制と議会 (政治過程と議会の機能) -- (欧米の議会)

高橋彦博   憲法議会における「ワイマール・モデル」 : 生存権規定の挿入

木下秀雄   ワイマ-ルにおける公的扶助法の展開-1

木下秀雄   ワイマ-ルにおける公的扶助法の展開-2完

中野智世   家族扶助制度の成立とその理念 : ヴァイマル共和国期の公的扶助

中野智世   「民衆の母」 : ヴァイマル・ドイツにおける家族保護ワーカー

中野智世   第一次世界大戦後ドイツにおける民間社会事業 : 福祉国家との共存をめぐって

中野智世   福祉の現場における家族:—1920~1930年代ドイツにおける家族保護ワーカーの活動から—

北村陽子   第二帝政期ドイツにおける「母性保険」構想の発展と限界

森宜人     「社会国家」の形成と都市社会政策の展開 : ワイマール体制成立前後のハンブルクにおける失業扶助を事例に

雨宮昭彦   1920年代ドイツにおける経済構造の変化とその限界

雨宮昭彦   両大戦間期ドイツにおける経済秩序・経済政策思想の革新 (2)

雨宮昭彦   両大戦間期ドイツにおける経済秩序・経済政策思想の革新 (3)

雨宮昭彦   1930年代ドイツにおける「リベラルな国家干渉」論の展開 (1)

雨宮昭彦   1930年代ドイツにおける「リベラルな国家干渉」論の展開 (2)

雨宮昭彦   1930年代ドイツにおける「リベラルな国家干渉」論の展開(3)

雨宮昭彦   両大戦間期ドイツにおける経済秩序・経済政策思想の革新 (4)

 

J.  第二次世界大戦

       i.     ナチスによる統制

K.  社会的法治国家

       i.     福祉国家の否定

      ii.     オルドリベラリスムス

黒川洋行 ドイツの社会的市場経済と社会国家概念

    iii.     社会政策と総合社会政策

大陽寺順一  総合社会政策論の再構成への一試論

木村周市朗  西ドイツ・カトリック社会保障改革論と歴史認識

大陽寺順一  社会政策論の広義化とその背景 : 西ドイツ社会国家論を手がかりとして

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における行政の責任(1) : 私的福祉事業との協働関係規定を素材として

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における行政の責任(2)完 : 私的福祉事業との協動関係規定を素材として

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における公と私の協働の法構造(一) : 一九八四年改正法までを素材として

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における公と私の協動の法構造(二)・完 : 一九八四年改正法までを素材として

森周子     西ドイツ・一九五七年 年金改革の考察 : 思想的背景

永合位行   介護保障と社会的秩序政策

永合位行   年金保障と社会的秩序政策

永合位行   ドイツにおける第三セクターの展開

12月に提出する修論のアウトラインを更新(6月8日版)

  3月27日にアウトラインを初めて公開してから2ヶ月以上が過ぎた。あれから私が何かを信じてこれたかはさておき、あのころの未来にはまだ立っていない。提出は6ヶ月先である。3月末に私が何を考えていたかについては、そのときの記事を参照してもらいたい。

 

alldependsonme.hatenablog.com

 この間に私は木村周市朗氏(成城大学)の論文を中心に研究を進めてきた。CiNiiおよび機関リポジトリで入手できる30本弱の論文のうち、ほとんど目を通した。先日あらためて検索したら新たな論文が登録されていた。氏の論文は50頁を下らないことがままあるので、読み通すには時間がかかるものの、註含めて丁寧に書かれているので後学の身には大変ありがたい。40年以上ドイツ社会政策を研究してこられた氏の論文を最初期から読んでいると、社会政策の歴史が一本筋が通ったものとして分かってくる。

 ひるがえって、ドイツ社会政策について学んでいるとその影響を受けた日本についても気になってくる。あれこれと疑問が浮かんでは新たに論文をダウンロードしたら、書籍を検索したりして帰国後の研究に備えている。高校時代は日本史選択で、唯一まともに勉強した科目だったので、Wikipediaであらためて記事を読むと、当時覚えた出来事が活き活きとして目に浮かんでくる。

 さて、今回のアウトラインは今後書く必要があると思われる事項を並べたのみである。まだ肉付けはされておらず、見通しにとどまる。ただ、こうしておくと何を書いたらいいかが明確になるので、頭の中がごちゃごちゃせずに済む。

 修士論文には時間的制約を考えると、日独どちらも第二次世界大戦終了直後までしか盛り込めないだろう。もともとこの研究は、膨大に蓄積されている福祉国家研究が大戦後に偏っている状況を補うものでもある。福祉国家の危機が論じれてから40年以上が経ち、いまでは福祉国家の変容が主として論じられている。これからの福祉国家がどうなるか見通しを立てるには、福祉国家が辿ってきた道を、これまでの研究の視点よりも過去において捉えなおすことが必要であろう。

 修士論文に活かせるかはまだ分からないものの、私の念頭にはポール・ピアソンが『ポリティクス・イン・タイム』で書いたような、時間的視点を取り入れた研究方法がある。今までの蓄積をなかったことにして制度設計はできない。だからこそ「いつ、どうやって、誰の手で、いかなる状況で」制度が生まれ、「いつ、どのように、誰の手を通じて、いかなる状況で」制度が変わっていったか明らかにする必要がある。

 前置きが長くなってしまった。最新の修論アウトラインは以下の通りである。

 

「福祉の政治過程に関する日独比較:国家干渉および私的自治の観点から」

2017年6月8日 

高階英樹(人文社会科学研究科公共研究専攻) 

 

1.   研究の対象、手法 

A.      問い(研究の対象)

       i.     いかにして日本で福祉国家が形成されたか

B.      答え(研究の目的)

       i.     強い国家干渉と弱い私的自治が相まって形成された

C.  論拠(研究の手法)

       i.     明治期以降の日本に影響を与えたドイツの福祉政治過程との対比から明らかとなる

 

2. 検討する概念の整理

A.  福祉Wohlfahrt

B.  公共の福祉Gemeinwohl

C.  ポリツァイPolizei

D.  社会政策Sozialpolitik Social reform

E.  福祉国家Wohlfahrtsstaat Welfare state

F.  法治国家Rechtsstaat

G.  社会国家Sozialstaat

 

3. ドイツ社会政策史

A.  旧福祉国家

B.  カントによる旧福祉国家批判

       i.     「幸福主義」批判

C.  ポリツァイ学の変容

       i.     「福祉」を除外して「安全」に限定

D.  法治国家論の興隆

       i.     自然法の否定と実証法学

     ii.     国家目的と法との分離

E.  「社会問題」の発生と深刻化

       i.     パウペリスムス

F.  社会政策論の登場と発展

       i.     ローベルト・フォン・モール

     ii.     ローレンツ・フォン・シュタイン

    iii.     アドルフ・ヴァーグナー

G.  国家干渉の正当化

       i.     ビスマルク国家社会主義政策

     ii.     ケッテラー司教による演説

    iii.     エルバーフェルド制度

     iv.     シュトラスブルク制度

H.  第一次世界大戦

       i.     総力戦体制

I.  ヴァイマール共和国

       i.     自由主義と「家族の危機」

     ii.     家族保護ワーカー

J.  第二次世界大戦

       i.     ナチスによる統制

K.  社会的法治国家

       i.     福祉国家の否定

     ii.     社会政策と総合社会政策

 

4. 明治期日本へのドイツの影響

A.  不平等条約明治維新

B.  岩倉使節団

C.  伊藤博文憲法調査

D.  学者および官僚のドイツ留学

       i.     後藤新平

     ii.     金井延

E.  内務省衛生・治安局による主導

       i.     窪田静太郎

     ii.     井上友一

    iii.     小河滋次郎

F.  日本の社会政策学会

 

5. 日本社会政策史

A.  秩禄処分と士族授産

B.  恤救規則

C.  工場法

D.  方面委員

E.  健康保険法

F.  救護法

G.  厚生省創設

H.  社会事業法

I.  労働者年金保険法

J.  占領期の福祉政策

 

6. 国家干渉と私的自治(いかにして個人の自由は保障されうるか)

A.  福祉国家ないし社会国家の正当性

       i.     福祉国家

     ii.     社会国家

B.  新自由主義

       i.     20世紀前半

     ii.     20世紀後半

C.  福祉国家の「危機」と変容

       i.     1970年代

     ii.     1990年代

D.  公共の福祉と人権擁護

2016年9月から留学中に読んだ本+デュッセルドルフ大学の図書事情

 本棚を見れば、その人がどんな人か分かると巷で言われている。ひょっとしたら本人よりも本棚の方が、その人のことを雄弁に語りうるかもしれない。最近ならOne NoteやEvernoteもその役割を果たせるだろう。
 この記事では私が留学中に読んだ本を以下に一覧にして記す。本と結びつけられて、その当時のことが思い出される。留学している間に、私が何を知りたいと思い、どのような本を選んだか。帰国まで残り3か月となったいま、それらを記しておくことは振り返りにもなるし思い出の確認にもなる。
 なお、読んだ本のなかには私が留学しているデュッセルドルフ大学の図書館から借りたものも多く含まれている。海外の大学の図書事情に関する情報はおそらく多くないと思われるので、参考のため図書館から借りた本についてはそのことを明記しておく。
 大学図書館から借りた本はULB(Universität- und Landesbibliothek)と記し、大学の専門図書館から借りた本はVBG(Verbund- und Fachbibliothek Geisteswissenschaften)と記す。

2016年9月1日

 2014年に指導教官からいただいた本。ドイツ留学ということで携行した。

9月25日

中級ドイツ語のしくみ

中級ドイツ語のしくみ

 ドイツ南西部、フライブルクにある語学機関ゲーテインスティテュートの図書館から借りて読んだ。のちに個人的にアマゾンで買う。
 アマゾンJPで本3冊を注文してドイツまで送ってきてもらっても1000円ほど余分に払っただけだった。ドイツで売られている日本の本が倍の値段であることを考えると、それほど高くはない。一週間ほどで届く。

10月16日
amzn.to
 留学前にもらった記念の本。

10月25日

活動的生

活動的生

 日本から携行した本の一冊。2015年8月に初めてドイツを訪れ、フランクフルト中央駅の本屋でHannah ArendtのVita Activaを買ったのはいい思い出。ドイツ語の勉強を始めた理由の一つが、アレントハイデッガーの本を原書で読むことだった。

11月3日

日本の政治と言葉 ― 上 「自由」と「福祉」

日本の政治と言葉 ― 上 「自由」と「福祉」

 ULBから。ドルトムントに行く電車のなかで読んだ覚えがある。

11月10日

占領期の福祉政策

占領期の福祉政策

 ULBから。この本は帰国したら自分用に買いたい。

11月13日

非婚ですが、それが何か! ? 結婚リスク時代を生きる

非婚ですが、それが何か! ? 結婚リスク時代を生きる

 ULBから。この本は現代日本研究科修士課程のゼミで課題図書だった。日本語母語者が自分一人だけだったのでレジュメを担当した。対談本だったのでまとめるのがとても大変だった。レジュメのドイツ語訳は友人に手伝ってもらった。

日本の政治と言葉〈下〉「平和」と「国家」

日本の政治と言葉〈下〉「平和」と「国家」

 ULBから。この上下二冊を読んで、石田雄の『明治思想史研究』をのちに購入。日本へ一時帰国したさいにドイツへ持って帰った。

11月17日

フェミニズムの政治学―― ケアの倫理をグローバル社会へ

フェミニズムの政治学―― ケアの倫理をグローバル社会へ

 ULBから。ジェンダーフェミニズムの本は図書館に豊富にある。

11月27日

 VFGから。上記レジュメを作成するさいの参考にした。

戦後日本の女性政策

戦後日本の女性政策

 VFGから。大変勉強になる本で、著者が若くして亡くなられたことはかえすがえす残念である。

12月3日

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

 VFGから。吉本ばななのほか、綿矢りさ村上春樹といった現代作家の本がある。夏目漱石森鴎外の全集もそろっている。

 VFGから。共著者の前みちこ氏はかつての東アジア研究科を現代日本研究科に改組する指揮をとられた方である。

12月10日

ハネムーン (中公文庫)

ハネムーン (中公文庫)

 VFGから。読んで気に入ったので、『宇宙のみなしご』を贈ってくれた相手へのお返しに選んだ。

12月16日

 VFGから。このころ日本語に飢えていたというか、物語を読みたかったので小説をよく借りている。

12月17日

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)

 VFGから。これに限らず吉本ばななの本はドイツでも翻訳されている。

12月18日

現代政治と女性政策 (双書ジェンダー分析)

現代政治と女性政策 (双書ジェンダー分析)

 VFGから。日本語だけで発表するゼミで修士論文について報告する予定があったので、その準備のために借りた。これも自分用に買いたい。

2017年1月8日

 シギサワカヤの漫画はすべて買っている。一時帰国したさいに念願の購入。待ち遠しかった。

1月10日

 この本が出てからTwitter政治学クラスタの反響がすごかった。
 そういえば11月のトランプ当選はドイツでも衝撃が大きかった。アイルランド出身の英語の先生は、Brexitのとき同様朝起きたら世界が一変したかと思ったと言っていた。

1月11日

 イギリスでいったい何が起きているか知るのにうってつけの本だった。

1月13日

 ドイツに来るまでキリスト教にはまったく関心がなかった。とはいえ、やはりヨーロッパを理解するのにキリスト教は欠かせない。これを鵜呑みにすることは危険だが、理解のとっかかりとして。

1月15日

ドイツの歴史を知るための50章 (エリア・スタディーズ151)

ドイツの歴史を知るための50章 (エリア・スタディーズ151)

 留学するまでドイツの専門ではなかったので歴史のことがいまいち分からなかった。コンパクトに一覧できるものがあるとありがたい。

1月16日

社会福祉理念の研究―史的政策分析による21世紀タイプの究明

社会福祉理念の研究―史的政策分析による21世紀タイプの究明

 おそらく研究界隈で全然注目されていないと思われるが、個人的にはかなり重要なことが書かれていた。ただし、主張の裏どりをする必要がありそうなので、帰国後にその作業にとりかかる。

1月17日

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

 日本政治を理解するうえで繰り返し読む必要があると思われる一冊。

2月5日

 福祉国家研究の重要文献。このシリーズ、素晴らしい内容ばかりなのに値が張るのと絶版が多いのが悲しい。

2月21日

 VFGから。小田原市の「生活保護ジャンパー」事件は福祉研究者として衝撃が大きかった。その後市民団体との協力によって事態は改善に向かっているようだが。

2月22日

日本型福祉国家の形成と「十五年戦争」 (MINERVA社会福祉叢書)

日本型福祉国家の形成と「十五年戦争」 (MINERVA社会福祉叢書)

 戦争と福祉は一見水と油のようだが、実際のところなかなかどうして密接な関係にある。

反転する福祉国家――オランダモデルの光と影

反転する福祉国家――オランダモデルの光と影

 寛容なはずの福祉国家で、なぜ移民排斥が高まっているのかは現在もっとも注目されているテーマの一つと言っても過言ではない。

2月23日

現代ドイツ福祉国家の政治経済学 (シリーズ・現代の福祉国家)

現代ドイツ福祉国家の政治経済学 (シリーズ・現代の福祉国家)

 戦後ドイツの政治を理解するうえで大変参考になった。

3月14日

 浅井ラボの本は角川時代からすべて持っている。今回は初めて電子書籍で購入。もちろん文庫版も買う。

5月6日

福祉政治史: 格差に抗するデモクラシー

福祉政治史: 格差に抗するデモクラシー

 今後必ず言及されるであろう福祉政治研究の最重要文献。
 日本からドイツに来てくれた人にお願いして持ってきてもらった。

5月7日

自分のなかに歴史をよむ (ちくま文庫)

自分のなかに歴史をよむ (ちくま文庫)

 歴史研究の入門としてよく読まれている本。実は阿部謹也全集がVFGにあって、これも読むことができた。

5月8日

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 現物を注文したあとに電子書籍版が出てタイミングの悪さに歯噛みしたが、それはされておき、読まれるべき本だと思う。日本からの留学生には大学3年生が多いので彼らに紹介してみるのもいい。

5月13日

近代ドイツの母性主義フェミニズム

近代ドイツの母性主義フェミニズム

 VFGから。ドイツ語によるゼミで、主婦と母性について報告するため参考文献とした。岡田英己子氏の最新の研究とあわせて読むと「母性」を相対化して捉えられる。

5月15日

近代を生きる女たち―十九世紀ドイツ社会史を読む

近代を生きる女たち―十九世紀ドイツ社会史を読む

 VFGから。これも同様の理由から。今とは比べ物にならないほど労働者は貧しく、不衛生なところに住まい、非道な扱いにさらされていたことが分かる。

5月21日

戦略としての家族―近代日本の国民国家形成と女性

戦略としての家族―近代日本の国民国家形成と女性

 VFGから。かなり興味深く読んだ。あとがきに書かれていることはとりわけ示唆に富んでいる。

6月3日

ポリティクス・イン・タイム―歴史・制度・社会分析 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 5)

ポリティクス・イン・タイム―歴史・制度・社会分析 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 5)

 原書の発売から10年ちょっとしか過ぎていないにも関わらず、その内容からすでに古典と目されている政治学の重要な本。これが翻訳されたことが大変ありがたい。

 以上40冊弱が、これまで私が読んできた本である。この他にも買ったまま、借りたまま読んでいない本もある。
 また、論文や書籍の電子化が進んでいるので日本のCiniiやJ-Stageデュッセルドルフ大学の図書館サイトから膨大な研究にアクセスできる。4月1日から一時的にCiniiの機能が一部利用できなくなったときには大いに困った。その後、以前のようにダウンロードできるようになったが、現在でも『社会政策』や『社会福祉学』といった学会誌は、かつてのように利用できなくなっている。
 私はもっぱら日本語の論文を機関リポジトリから入手している。これらは査読がない紀要論文であり玉石混交なので、研究者の間では評判がよくない。私はほかの研究者が言及ないし引用した論文をダウンロードするとともに、その著者のほかの論文を芋づる式に保存している。事前の査読によって修正を受けることがなくとも、事後にほかの研究者によって評価を受けたものなら利用する意義は少なくない。
 今後新たに読んだ本については、折をみてまとめて更新したい。

修論を「いきなり書く」はむつかしい

修論の書きはじめに

更新日:2017年4月6日
高階英樹(人文社会科学研究科公共研究専攻)

 「修士論文を書こう!」「書かねばなるまい!」と意気込んでも、いざ書くとなると、これがなかなかどうしてむつかしい。修士論文に「何を」、「なぜ」、「どのように」書くかということが分節化されていなければ、どこから筆をつけたらいいから分からず、書きあぐねてしまう。
 私が所属する研究科では、おおよそ8万字が修論の目安とされている。そしてこれは記憶違いでなければ“本文のみで”である。つまり、脚注や参考文献を除いたうえで8万字書く必要がある。単純計算で400字詰め原稿用紙200枚分だ。よほど準備しない限り、この枚数を一気呵成に書き上げるなどという離れ業はやってのけられない。
 書こう書こうと気持ちと焦りばかり先行しているうちに、無慈悲に時間は過ぎていく。それならば、書けるところから書いていこう。はじめから完成品のような整った文章など書けはしないのだ。まず、自分が何について書きたいかを文章化する。こうしておけば、書き進めていくうちに何がなんだか分からなくなってしまったときに、戻ってくることができる。
 以下の文章は修論の“はじめに”ではない。それは全部書き終わったあとに書いたほうがいいくらいだ。だから、これは「修士論文の書きはじめに」である。迷いやすい私のスタート地点。

「福祉」の意味

 「福祉」という言葉は何を意味しているだろうか。一般にこの言葉は、高齢化に伴う逼迫した介護需要の高まりによって介護福祉(士)や高齢者福祉と結びつけて捉えられているように思われる。しかし、この介護という言葉が人口に膾炙するようになったのは1990年代末の介護保険法をきっかけとしてのことであろう。つまり、「福祉」が介護と結び付けて考えられるのはごく最近の出来事なのである。それ以前に「福祉」という言葉は、研究において「福祉国家」という概念で捉えられきたと言っても誤りではあるまい。この「福祉国家」という言葉は、その研究対象がおおよそ第二次世界大戦後に集中していることから明らかなように、もっぱら1945年以降の国家体制のことを指している。

福祉国家」の意味

 では「福祉国家」という言葉は何を指しているだろうか。この特色を、第二次世界大戦までの社会保険と社会扶助とを架橋する失業保険の創設に見出す議論がある(田多, 2014)。また、大戦中にイギリスのチャーチル首相がドイツを「Warfare State(戦争国家)」と呼び、自国を「Welfare State(福祉国家)」と対比させたこと、そのイギリスで「ベヴァリッジ・プラン」が策定・実施されたことから、イギリスを「福祉国家」の祖とみなす議論もある。その傍証として、福祉国家の危機が喧伝された1980年代に日本で「イギリス病」と名指して、福祉国家を批判した議論がある((香山, 1978)、(自由民主党, 1979))。これに対して、社会的支出の少ない規模からしてイギリスを福祉国家の模範と見るのは誤りであるという指摘もある(新川, 2005)。

社会保障」の意味

 また、「福祉国家」が語られるときにはたいてい社会保障に言及されるが、「社会保障」が何を含意するかについても各国で違いがある(木村, 1992)。イギリスでの社会保障とは、端的に言って所得保障を指す。フランスでは社会保障が、社会扶助と区別されている。スウェーデンでは個別具体的な政策や制度ではなく、それらを包括する概念である。さらに、長らく独自の社会政策ないし社会政策学説を展開してきたドイツでは、英米でいうSocial Policyと自国のSozial Politikとを区別したり止揚させたりする論争が大戦後に巻き起こった。このように、「福祉」や「福祉国家」そして社会保障といった語は、それぞれ関連性をもちながら何を意味するかが時代や国によって一様でない。

比較福祉国家

 こうした状況の一方で、福祉国家比較は1960年代にウィレンスキーが社会的支出の多寡を基準として各国を比較したときからすでに半世紀の蓄積がある(Wilensky, 1975, Wilensky and 下平, 1984)。とりわけ1990年にイェスタ・エスピン・アナセンが福祉国家自由主義型、保守主義型、社会民主主義型とに区分する分析を公表すると、以後さまざまな批判がありながらもおおよそその枠組みを前提または参考にした議論が多くなされている(Esping-Andersen, 1990, Esping-Andersen et al., 2001)。ウィレンスキーの議論では各福祉国家はいずれ一様に収斂する見方が提出されたが、実際にはそうならず分岐していることを示したのがアナセンの類型論だった。この福祉国家の類型論はその後、福祉国家のレジーム論へと発展して今日に至る(新川, 2015, 新川, 2005)。

比較福祉国家研究の成果

 昨今の福祉国家研究は、1970年代に危機が叫ばれたにも関わらず各国の社会的支出は縮小されずに増加の一途を辿っていたことを示している(近藤, 2009)。むしろ福祉国家の変容は1990年代に端を発しており、財政問題に加えて移民や難民の排斥問題が増大する現在こそが福祉国家の危機であることを示している(近藤, 2009, 水島, 2012)。自国民の福祉を盾に、移民や難民に強硬な態度をとる、いわゆる福祉ショーヴィズムや福祉ポピュリズムがヨーロッパで高まっている(高橋 et al., 2016, 石田, 2015, 水島, 2016)。

日本の現状

 国内に目を向けると、日本では受入数が少ないため移民や難民こそ問題化していないが、福祉政策が社会の治安の維持や秩序の形成に用いられる傾向が強まっていると言える。神奈川県小田原市では、生活保護担当の職員が10年にわたって、受給者を威圧する文言が書かれたジャンパーを着てケースワークに従事していたことが発覚した*1。また、神奈川県相模原市で2016年7月に発生した障害者支援施設での殺傷事件を受けて出された精神保健福祉法の改正案には「治安維持を目的としている」という指摘がなされている*2。さらに、地方自治体によっては、不正受給の告発を促す取り組みを実施したり、生活保護受給者の行動を制限するような条例を可決したりするところも現れている*3

「福祉」の表と裏

 「福祉」を個人の幸福や人権の擁護と結びつけて捉えるならば、その実現を目指すはずの福祉国家において、社会保障がかえって国民の生活を制約したり、移民や難民を排斥したりしていることは本末転倒である。しかし、「福祉国家」の歴史、さらに「福祉」そのものの概念史を紐解けば、そうした理解が一面的なものに過ぎないことが明らかとなる。

日本へのドイツの影響

 日本の社会保障社会保険社会福祉の制度はその基盤の多くをヨーロッパの思想や制度に依拠している。明治時代から1930年代にかけては、ドイツから国家学や社会政策を精力的に取り入れていた(金子, 2010)。たとえば現在の民生委員の前身である方面委員の制度は、ドイツのエルバーフェルド制度を参考に作られた(今井, 2009)。
ドイツでの「福祉国家
 そのドイツではすでに19世紀に福祉国家と訳せる「Wohlfahrtsstaat」という概念が、否定的な意味で用いられていた。これは国民にとって何が善いかを決める後見的国家として批判された(木村, 1986, 木村, 1988)。この「Wohlfahrtsstaat」の思想的背景には、警察や行政を意味するPolizei思想と治安や秩序と関連しているGemeinwohl思想があった(ラッセム et al., 2012, モハメド et al., 2013, ラッセム et al., 2014)。ナチス時代に国家が国民生活へのあらゆる領域に介入するようになると、この「Wohlfahrtsstaat」概念は尚のこと忌避されるようになった。こうした歴史的経緯のもと、ドイツで第二次世界大戦後に作られた基本法には福祉国家ではなく「社会国家Sozialstaat」という言葉が盛り込まれてる(Kaufmann, 2002)。

福祉国家」の表と裏

 このドイツの歴史が示すように、福祉という語が掲げられていれば自動的にそれが国民の幸福をもたらすとは限らないばかりか、積極的に人権を侵害することさえ起きうるのである。「福祉国家」がかえって国民の生活を脅かす懸念は、現代の福祉国家にも当てはまる。懸念に留まるどころか、それはすでに現実のものとなってしまっている。かつて福祉国家の危機が叫ばれたときのように、福祉国家をただ擁護すればいい時代は過ぎ去っている。さまざまな意味をもつ「福祉国家」、ひいては「福祉」そのものを問いなおすことなしに、個人の幸福や人権擁護を保障することは今後ますます難しくなっていくに違いない。

参考文献

ESPING-ANDERSEN, G. 1990. The three worlds of welfare capitalism, Cambridge, Polity Pr.
ESPING-ANDERSEN, G., 岡沢, 憲. & 宮本, 太. 2001. 福祉資本主義の三つの世界 : 比較福祉国家の理論と動態, ミネルヴァ書房.
KAUFMANN, F.-X. 2002. Herausforderungen des Sozialstaates. Herausforderungen des Sozialstaates.
WILENSKY, H. L. 1975. The welfare state and equality : structural and ideological roots of public expenditures, University of California Press.
WILENSKY, H. L. & 下平, 好. 1984. 福祉国家と平等 : 公共支出の構造的・イデオロギー的起源, 木鐸社.
ハメド, ラ., 杉田, 孝. & 田崎, 聖. 2013. 福祉の概念史Ⅱ[翻訳]. 生活社会科学研究, 20, 55-69.
ラッセム, モ., 杉田, 孝. & 田崎, 聖. 2012. 翻訳 福祉の概念史(1). 生活社会科学研究, 59-73.
ラッセム, モ., 杉田, 孝. & 田崎, 聖. 2014. 翻訳 福祉の概念史(3). 生活社会科学研究, 63-80.
今井, 小. 2009. 方面委員制度とストラスブルク制度--なぜエルバーフェルトだったのか. Human Welfare : HW, 1, 5-18.
新川, 敏. 2005. 日本型福祉レジームの発展と変容, ミネルヴァ書房.
新川, 敏. 2015. 福祉レジーム = Welfare regimes, ミネルヴァ書房.
木村, 周. 1986. 法治国家と「公共の福祉」 : ドイツ法治国家思想の歴史的射程 (森清教授追悼号). 成城大學經濟研究, 135-178.
木村, 周. 1988. カントの旧福祉国家批判について. 成城大學經濟研究, 73-116.
木村, 周. 1992. ドイツ社会保障概念の形成と社会政策. 成城大學經濟研究, 61-118.
水島, 治. 2012. 反転する福祉国家 : オランダモデルの光と影, 岩波書店.
水島, 治. 2016. ポピュリズムとは何か : 民主主義の敵か、改革の希望か, 中央公論新社.
田多, 英. 2014. 世界はなぜ社会保障制度を創ったのか : 主要9カ国の比較研究, ミネルヴァ書房.
石田, 徹. 2015. 福祉をめぐる「再国民化」 : 欧州における新たな動向. 社会科学研究年報, 45, 187-194.
自由民主党 1979. 日本型福祉社会, 自由民主党広報委員会出版局.
近藤, 正. 2009. 現代ドイツ福祉国家の政治経済学, ミネルヴァ書房.
金子, 良. 2010. 日本における「社会政策」概念について : 社会政策研究と社会福祉研究との対話の試み. 社会政策, 2, 48-58.
香山, 健. 1978. 英国病の教訓, PHP研究所.
高橋, 進., 石田, 徹., 野田, 昌., 野田, 葉., 中谷, 毅., 坪郷, 實., 小堀, 眞., 畑山, 敏., 藤井, 篤., 馬場, 優. & 渡辺, 博. 2016. 「再国民化」に揺らぐヨーロッパ : 新たなナショナリズムの隆盛と移民排斥のゆくえ = Re-nationalization shakes Europe, 法律文化社.

*1:全国生活と健康を守る会連合連合会「市職員 服に脅し文句 利用者を威嚇・侮辱 生活保護 小田原でも人権侵害 生存権軽視許さない」『守る新聞』2017年2月12日号 http://www.zenseiren.net/osirase/news/2017/2344/2344.html (2017年4月6日閲覧)

*2:福祉新聞「<措置入院改革> 精神保健福祉法、治安優先の改正に反対」2017年4月4日 https://www.fukushishimbun.co.jp/topics/16209 (2017年4月6日閲覧)

*3:産経ニュース「別府市生活保護の実態調査強化 受給者の遊技施設出入りなど 大分」2016年1月23日 http://www.sankei.com/region/news/160123/rgn1601230037-n1.html (2017年4月6日閲覧)

12月に提出する修論のアウトライン(3月27日版)を掲載

 同様の関心やテーマで研究している院生が身近にいないので、研究内容を公開することで専攻が同じか近い人を探します。公表することに気後れはありますが、もとよりこのブログの趣旨は「頭の中の見取り図」なので、完成されているものより未完成なものを載せています。こうすることで、人が読むに堪えうるものになるよう鍛えていこうという心づもりです。人に読んでもらうことを内面化するには、まだあまりにも私は自分の頭の中にしまいこみすぎています。

最終更新日:2017年3月27日
提出締め切り:2017年12月25日
作成者:高階英樹(人文社会科学研究科公共研究専攻博士前期課程2年)

修論アウトライン

1. 研究の対象、手法

A. 書くこと

i. 問い
 福祉国家が国民の生活を保障する責任を負うべきことは確かだが、しかしだからといって何もかも国家が担うべきであることにはならない。むしろすべてを公的福祉に委ねることは、際限ない規律化を許すことになり、かえって危険である。「国家による平等」を求めれば、それだけ「国家からの自由」を手放すことになるのだ。では、国家から距離をとって、個人の幸福と人権の擁護を可能にするためには何が必要であるか。それは社会福祉であり、民間による福祉活動である。国家や地方自治体から独立して活動する団体や組織があってこそ、個人を焦点化することができるからだ。
ii. 答え
 「福祉国家」と「福祉社会」は、公共の福祉と人権との関係をめぐってつねに緊張関係にあるものの、それは両者が両立しえないことを意味するものではない。国民の生活保障と個人の人権擁護をともに実現するためには両者の併存が必要不可欠なのである。
iii. 論拠
 このことを、国家と社会との関係を常に問い続けてきたドイツの社会政策の歴史から明らかにする。同時に、日本がそのドイツから影響を受けながらも国家と社会との区別を曖昧なままにしてきたことを、日本の社会政策の歴史から明らかにする。国家と社会という、個人に不可避の影響を与える存在の把握なしに、個人の幸福や人権の擁護について問うことはできないからである。

B. 研究の対象

i. 福祉の概念史
ii. 社会政策史

C. 研究の手法

i. 史実に基づいて用語の意味を限定
ii. 政治経済学(権力資源動員論、非難回避の政治、階級交叉連合)
iii. 政策過程論(政策主体の意図と政策自体の効果)

D. 研究の目的

i. 社会保障社会保険社会福祉の峻別(リスク管理の点では共通)
ii. 福祉と社会福祉との峻別(公的福祉と私的福祉の整理)
iii. 公的福祉の正当性確立(再分配の正当化)

2. 福祉の概念史

A. ヨーロッパの福祉概念の歴史

3. ドイツ社会政策史

A. その福祉概念と結びついたドイツ社会政策の歴史
B. Gemeinwohl und Polizei

4. 日本社会政策史

A. そのドイツ社会政策から影響を受けた日本社会政策の歴史
B. 「社会政策」に関与した内務省官僚
C. 「社会政策」に影響を与えた国家学と有機体論

5. 秩序形成としての社会政策

A. 両社会政策から析出される秩序形成的側面

6. 福祉の思想と政策における自立と貧困

A. 福祉に関する思想に裏打ちされた政策主体の意図と目的

i. どの対象を、どういう経緯で、何を目的に選別したか

7. 福祉をめぐる国家―社会―個人の関係

A. 福祉国家と社会国家
B. 国家からの自由と国家による平等
C. 個人の幸福と人権擁護

「この物語はフィクションです」

「もし世界が一人の人間によって救われたなら、その世界にはその者しか必要でない」*1

 一匹狼や一人で何でもできることがもてはやされるのは、大事な自分という稀少性を高めてくれるように錯覚するからである。ああいったものはほとんどフィクションでしかあり得ない。自分が特別で唯一無二であるというのはその通りだが、それは誰しもそうであって、普遍的なことである。
 みんな違って、みんないいはゴールでなくスタートであり、何が異なるかが要である。違いを示すのにもっと簡単なのは周囲を否定することだ。自分が他者と違うことは、端的に事実としてそうであるから。とはいえ誰にも妥当することを根拠にしているだけだから、固有性はない。当たり前のことを言っているだけで、オリジナリティがないのだ。他者の否定は、自分への過信をそれだけ高める。

 一人で何でもできる、という発想こそが、いわゆる行きすぎた個人主義として相応しい。それは他者の捨象である。我欲に満ちている、と言ってもいい。もはや他者は欲求充足のための手段だと、意識せずともそうみなされている。利己主義とはそういうことだ。
 反対に、一人では何もできない、と決めつけるのがパターナリスティックである。このトリックは、決めつける側は自分が自足していると考えていることだ。それを判断できると思っている。ここでも他者は対等な立場にない。

 この一人で為し遂げることができる、というヒーロー願望は、その願望が打ち砕かれないためにも、あらゆる言い訳をして他者との対等な協働を拒む。いわく、自分ひとりでできるからと、自分でやったほうがうまくいくからと言って。そうすることで幻想を守るのである。この願望は、自分が特別であり、しかし他者もまた特別であると認めるのを避けて、自分がどういう違い=複数性を発揮できるかを示さないことで、守られ続ける。
 これは何もなさないことに行き着くので、いつまでたってもヒーローになることはない。功績のない者を誰も称賛しない。ヒーロー願望の悲劇的あるいは喜劇的矛盾は、その願望を続ける限りけっしてヒーローになれないことである。せいぜいヒールになるのが関の山で、たいてい無名で終わる。

 物語には主要人物がいるから、その働きだけがクローズアップされる。事務的なことは描かれない。手続きもスキップされる。そうすることで、独断専行のように表現され、その成果がヒーローに帰される。
 この独断専行を実際にやったら不興を買うことになるのは火を見るより明らかである。自分だけが特別で、他者は凡庸であると決めつける態度は、事実に反するばかりか、他者の感情を逆撫でする。そうしてかえって意見は取り入れられず、行為は顧みられない。ヒーローになりたい者は、この否定に、評価されないことに不満を募らせる。それが身から出た錆とも気づかずに。まして自らは妨害を受けていて、それをしてくる敵を排除せねばならないと被害妄想を膨らませる。現実は他者との関係から成り立っていると理解できないので、空想のなかで生きるほかない。
 正しさの基準が自分そのものであるから、正義の味方どころか正義そのものであるとさえ自負する。それに歯向かうものを徹底的に悪と糾弾する。おとぎ話としても出来が悪すぎるが、物語がそうであるように都合の悪い部分は切り捨てられるので本人にとって整合性は保たれている。

 このヒーロー願望が破られるのは、まさにコペルニクス的転回と言ってもよい。本人の経験や認識が裏切られて、真相を突きつけられるのだからこれほど適格な喩えもあるまい。曇りなき事実の晴れやかな美しさの前には降参するほかない。
 それがいかにして起こるか、その衝撃がいかほどであるかは見当がつかない。事実を認めようとしなかった不誠実さに己自身が気づくほかあるまい。もとより他者の言うことに聞く耳をもたないので、身を以て思い知ることのみが物語に終わりを告げる。”親切”にも「王様は裸だ」と言ってくれる人ははまずいないのだ。

 上記のことを書き留めていたら、これと近いことを書いている記事を読んだ。

blog.tinect.jp

 この記事を読んで脳内でひらめいたのは『シン・ゴジラ』における「現実」と「虚構」の関係である。この場合の「虚構」とは、単独であらゆることができるということである。しかし「現実」はそうでない。自分の思い通りになるよう望むなら、それはフィクションにおいてしかあり得ないのだ。

 上に紹介した記事では、いわゆる「コミュ力」に言及されている。そういえば、『シン・ゴジラ』で矢口はしばしばコミュニケーションに失敗している。赤坂に釘を刺され、どこへの指示なのか聞き返され、泉にたしなめられ、激励が空振りする。物語のヒーローよろしく矢口ひとりで「巨大不明生物」が退けられることはない。現実には周囲の反応や行動、組織の意思決定や手続きがあって物事は進む。「巨大不明生物」を止めたのは矢口の発案に端を発する作戦だが、日本への熱核攻撃を阻止したのは交渉(“コミュ力”)に長けた里見総理大臣。物事が成し遂げられるのは一人の人間によってではなく、いつも複数の人間による、という教訓にするまでもない現実である。
 「巨大不明生物」と矢口蘭堂は合わせ鏡だろう。一個体で進化しつづけ無性生殖さえ可能な「巨大不明生物」。それに対して、一個人でもっと出来ることがあると思うも空回りし「うぬぼれるな」と言われる矢口蘭堂。矢口には「巨大不明生物」へのある種の憧憬とも言える思いがあるように見える。こう言ってよければ、『シン・ゴジラ』はフィクショナルというよりヴァーチャルに近い。架空の物語なのでむろん現実ではないが、現実味が多分に持ち込まれている。それにつられて観客が現実を投影することができる。あれをアニメでやるなら相当難しいに違いない。

映画『シン・ゴジラ』公式サイト