「福祉の政治過程」の意味と修論アウトライン Ver. 06.19

 私の研究テーマは「福祉の政治過程の日独比較:国家干渉および私的自治の観点から」である。この「福祉の政治過程」の意味を、これまで私は明確にしてこなかった。今回は私が「福祉の政治過程」をいかなる意味で用いようとしているかについて記す。

 また、後段では先日公開した修論のアウトラインに暫定的な参考文献リストを付したものを記す。参考文献は今のところダウンロードした論文が多い。留学中で日本語書籍の入手が容易でない(とくに古書)ためである。今回参考文献を付したのはドイツに関するものが中心である。というのも、私はこの留学中に修論のドイツに関する部分をあらかた書き上げる予定でいるからだ。これまでのアウトラインは12月25日の〆切を見据えたものであった。今回の分はドイツ部分の完成目安としている7月31日を見据えたものである。

 

 

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福祉の政治過程

 

 福祉を個人の人権として保障することは、必然的に個人の自由を保障することも含意している。福祉国家が問われているのはつねに、この個人の福祉の保障と個人の自由の保障とのバランスである。これらは相互依存関係にあると同時にディレンマの関係にもある。この関係は言い換えるならば、国家干渉と私的自治との拮抗関係である。個人の福祉を保障するには、個人の生活状況を脅かしている要因を取り除く必要がある。それを大規模に実施するのが国家干渉である。ただし、国家干渉の合法性と正当性は個人の権利行使の下にある。個人の自由を保障するには、公権力の不当な干渉を排除する必要がある。それを可能にするのが、言論、集会・結社、内心の自由である。これまた注意しなければならないのは、国家干渉と私的自治との拮抗関係と言った場合、あくまでその主導権は私的自治の方にあるという点である。つまり、公権力が私的自治の範囲を定めるのではなく、私的自治の方が国家干渉の範囲を定めるということである。公権力が、個人の福祉の保障を私的自治に転嫁することは本末転倒である。公権力はただ、私的自治に出来ないことに限ってその干渉を許されているに過ぎない。国家干渉と私的自治との拮抗関係とは、私的自治には何が出来て公権力は何をすべきかを見極める不断の取り組みのことである。

 「福祉の政治過程に関する日独比較」は次のことを明らかにする。まず、ドイツではなぜ、いかにして福祉が権利と認められるようになったかについて。次に、日本ではなぜ、いかにして福祉が権利として認められるに至らなかったかについて。日本は明治以降にドイツからさまざまな思想や制度を取り入れたにも関わらず、ドイツと同様の過程を経ることはなかった。その経緯を明らかにするには次の問いに答える必要がある。第一に、ドイツからもたらされた思想や制度はどのようなものであったか。第二に、ドイツからの影響は日本でどのような結果をもたらしたのか。そして第三に、何がドイツと日本との間に思想および制度上の違いをもたらしたか。以上の三つにこたえることで、日独の福祉の政治過程の差異が明らかとなる。結論を先取りすれば、第一にドイツでは個人の自由と福祉の保障に限って国家干渉を認められるようになった。第二に、日本では社会秩序の維持ないし醸成のために国家干渉が行われてきた。そして、ドイツと日本とでは近代化を促した内在的要因、外在的状況、時期が異なることが、両国の福祉の政治過程に決定的な違いをもたらしたのである。

 

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 修論アウトライン 

「福祉の政治過程に関する日独比較:国家干渉および私的自治の観点から」

2017年6月19日 

高階英樹(人文社会科学研究科公共研究専攻) 

1.   研究の対象、手法 

A.      問い(研究の対象)

       i.     いかにして日本で福祉国家が形成されたか

B.      答え(研究の目的)

       i.     強い国家干渉と弱い私的自治が相まって形成された

C.  論拠(研究の手法)

       i.     明治期以降の日本に影響を与えたドイツの福祉政治過程との対比から明らかとなる

2. 検討する概念の整理

A.  福祉Wohlfahrt

翻訳 福祉の概念史(1)

福祉の概念史Ⅱ[翻訳]

翻訳 福祉の概念史(3)

 

B.  公共の福祉Gemeinwohl

木村周市朗  法治国家と「公共の福祉」 : ドイツ法治国家思想の歴史的射程

C.  ポリツァイPolizei

吉田耕太郎  ドイツ民衆啓蒙思想の社会的意義--官房学そしてザクセンの復興を支えた知的枠組を例に

吉田耕太郎  善き秩序--ポリツァイ概念史研究の可能性と課題-

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(1):ドイツ近代行政法学史への序論として

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(2):ドイツ近代行政法学史への序論として

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(3):ドイツ近代行政法学史への序論として

松本尚子   ホイマン『ドイツ・ポリツァイ法事始』と近世末期の諸国家学(4):ドイツ近代行政法学史への序論として

 

D.  社会政策Sozialpolitik Social reform

大陽寺順一  社会政策の主体と総資本の立場

大陽寺順一  西ドイツ社会政策論の岐路

大陽寺順一  社会政策論における原理論と国家論

高田一夫   社会政策の長期動的理論 : 山田教授の社会政策正統性理論に関説して

臼井英之   社会政策論における社会的観点 : 現代ドイツ社会政策論の一断面

三苫利幸   大河内一男『独逸社会政策思想史』とヴェーバーの位置

臼井英之   ハインツ・ランペルト著 ドイツ社会政策史(I)

臼井英之   ハインツ・ランペルト著 ドイツ社会政策史(2)

ライプリード, シュテファン 布川, 日佐史 ヨーロッパ社会国家 : ヨーロッパ貧困政策体系の統合の展望

金子良事 日本における「社会政策」概念について : 社会政策研究と社会福祉研究との対話の試み

 

 

E.  福祉国家Wohlfahrtsstaat Welfare state

木村周市朗  ドイツ社会保障概念の形成と社会政策

宮崎文彦   「行政国家」から考える公共性論

島健司   歴史の長い影 : ビスマルク福祉国家改革と政治過程

F.  法治国家Rechtsstaat

高田敏     シュタールにおける法治国の概念

広沢民生   民主的な「社会的法治国家」への途--ヘルマン・ヘラーの「社会的法治国家」について

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (1) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (2) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (3) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

大野達司   <論説>ワイマール期国法学における方法と主体の問題 (4) : ヘルマン・ヘラーの議論を中心にして

G.  社会国家Sozialstaat

木村周市朗  福祉国家と社会国家 : 西ドイツにおける両概念の史的連関構造をめぐって

木村周市朗  近・現代的干渉主義の成立 : ドイツ福祉国家思想史の一視点

木村周市朗  ドイツ福祉国家思想史

石塚壮太郎  国家目標規定と国家学 : その基本権制約ドグマーティクへの照射

石塚壮太郎  社会国家・社会国家原理・社会法 : 国家目標規定の規範的具体化の一局面

石塚壮太郎  「生存権」の法的性質 : 主観的権利としての成立とその意義

 

3. ドイツ社会政策史

A.  旧福祉国家(ポリツァイ国家)

成瀬治     ルターと国家権力

成瀬治     Landständishe Verfassung考 (上) : 身分制の歴史理論的把握のために

成瀬治     Landstandische Verfassung考(中)--身分制の歴史理論的把握のために

成瀬治     ジャン=ボダンにおける「国家」と「家」

成瀬治     近代市民社会の成立 : 社会思想史的考察

成瀬治     初期近代における「公」と「私」

成瀬治     絶対主義国家と身分制社会

B.  カントによる旧福祉国家批判

       i.     「幸福主義」批判

木村周市朗  カントの旧福祉国家批判について

木村周市朗  質料倫理問題としての生活課題 : 「カント後」問題とヘーゲル

大竹信行   ヘーゲル法哲学』におけるポリツァイについて--福祉行政・社会政策論の論理的性格と理論的基盤

大竹信行   カント法論における「福祉」

大竹信行   プロイセン行政とヘーゲルの福祉思想

大竹信行   カントの家族法理論 : プロイセンの家族変容と『人倫の形而上学

 

C.  ポリツァイ学の変容

       i.     「福祉」を除外して「安全」に限定

D.  法治国家論の興隆

       i.     自然法の否定と実証法学

      ii.     国家目的と法との分離

E.  「社会問題」の発生と深刻化

       i.     農民解放

      ii.     初期自由主義

    iii.     パウペリスムス

成瀬治     初期自由主義と「身分制国家」 : ヴュルテムベルク憲法の成立をめぐって

木村周市朗  バーデン初期自由主義とフランツ・ヨーゼフ・ブス

木村周市朗  ドイツ法治国家思想の形成 : 市民的自由と国家干渉(一)

木村周市朗  絶対主義末期の干渉主義批判の一類型 : 市民的自由と国家干渉(二)

東畑隆介   F・V・シュタインの「都市条例」について

東畑隆介   プロイセン農民解放の理念について

東畑隆介   ハルデンベルクと「国民代表制」の問題について

東畑隆介   シュタイン市制の成立と展開

大野達司 山本洋子 <翻訳>オットー・フォン・ギールケ「シュタインの都市条令」

 

F.  社会政策論の登場と発展

       i.     ローベルト・フォン・モール

木村周市朗  カント・改革時代・モール(上)  ドイツ干渉国家と法治国家思想

木村周市朗  カント・改革時代・モール(下) : ドイツ干渉国家と法治国家思想

      ii.     ローレンツ・フォン・シュタイン

滝井一博   ロレンツ・フォン・シュタインにおけるドイツ国家学の形成-1

滝井一博   ロレンツ・フォン・シュタインにおけるドイツ国家学の形成-2完

木村周市朗  シュタイン行政国家論の成立

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(1)ギゾー

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(2)アリストテレス

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(3)ルソー       

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(4)アダム・スミス

柴田隆行   前期シュタインの社会思想研究(5)カント、フィヒテヘーゲル

柴田隆行   前期シュタインの国家学における国際関係理論と自治理論

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの自治理論

柴田隆行   ウィーン大学におけるシュタイン講義

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの自治理論の学説史上の位置

柴田隆行   シュレスヴィヒ・ホルシュタインの歴史から考えるローレンツ・フォン・シュタインの〈国家・社会・自治〉

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの自治団体論

柴田隆行   シュタインとグナイストの交流 : 往復書簡を通して(上)

柴田隆行   シュタインとグナイストの交流 : 往復書簡を通して(下)

柴田隆行   自治をめぐるグナイストとシュタインの理論上の差異

柴田隆行   ローレンツ・フォン・シュタインの教養形成論

    iii.     アドルフ・ヴァーグナー

木村周市朗  ドイツ国家学と経済学 : カール・ハインリヒ・ラウの「官房学の再編成」を中心に

 

G.  国家干渉の正当化

       i.     ビスマルク国家社会主義政策

一條和生   社会改良と社会民主主義 : ドイツ第二帝制期の社会改良協会

屋敷二郎   フリードリヒ大王の法観念 : 私法の倫理性と法曹の社会的使命

福澤直樹   ドイツ第二帝政ライヒ保険法の成立過程とその社会政策的意義 : ライヒ政府と産業界との相剋を中心に

福澤直樹   ドイツにおける社会国家の途 : 第二帝政期から現代に至るまでの歴史的経験

木村周市朗  社会民主主義と自治体政策 : フーゴリンデマンゲマインデ行政改革

 

      ii.     ケッテラー司教による演説

木村周市朗  19世紀中葉ドイツ・カトリック社会運動についての覚書 : ケッテラー社会政策思想研究のために

木村周市朗  ラッサールとケッテラー : 十九世紀ドイツ・カトリック社会経済思想史の一側面

木村周市朗  ケッテラー社会経済理論における「自治」と国家

    iii.     エルバーフェルド制度

      iv.     シュトラスブルク制度

H.  第一次世界大戦

       i.     総力戦体制

北村陽子 近代ドイツにおける戦時女性動員と社会活動の形成

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(一) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(二) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(三) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(四) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(五) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(六) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

山田高生   第一次大戦中のドイツの国家社会政策(七・完) : ヴィルヘルム・グレーナーと戦時社会政策

 

I.  ヴァイマール共和国

       i.     自由主義と「家族の危機」

      ii.     家族保護ワーカー

山田高生   ヴァイマル経済民主主義の成立前史 : 第一次大戦前における思想的先駆と自由労働組合の社会政策

山田高生   ヴァイマル経済民主主義にかんする一考察

島健司   ワイマ-ル体制と議会 (政治過程と議会の機能) -- (欧米の議会)

高橋彦博   憲法議会における「ワイマール・モデル」 : 生存権規定の挿入

木下秀雄   ワイマ-ルにおける公的扶助法の展開-1

木下秀雄   ワイマ-ルにおける公的扶助法の展開-2完

中野智世   家族扶助制度の成立とその理念 : ヴァイマル共和国期の公的扶助

中野智世   「民衆の母」 : ヴァイマル・ドイツにおける家族保護ワーカー

中野智世   第一次世界大戦後ドイツにおける民間社会事業 : 福祉国家との共存をめぐって

中野智世   福祉の現場における家族:—1920~1930年代ドイツにおける家族保護ワーカーの活動から—

北村陽子   第二帝政期ドイツにおける「母性保険」構想の発展と限界

森宜人     「社会国家」の形成と都市社会政策の展開 : ワイマール体制成立前後のハンブルクにおける失業扶助を事例に

雨宮昭彦   1920年代ドイツにおける経済構造の変化とその限界

雨宮昭彦   両大戦間期ドイツにおける経済秩序・経済政策思想の革新 (2)

雨宮昭彦   両大戦間期ドイツにおける経済秩序・経済政策思想の革新 (3)

雨宮昭彦   1930年代ドイツにおける「リベラルな国家干渉」論の展開 (1)

雨宮昭彦   1930年代ドイツにおける「リベラルな国家干渉」論の展開 (2)

雨宮昭彦   1930年代ドイツにおける「リベラルな国家干渉」論の展開(3)

雨宮昭彦   両大戦間期ドイツにおける経済秩序・経済政策思想の革新 (4)

 

J.  第二次世界大戦

       i.     ナチスによる統制

K.  社会的法治国家

       i.     福祉国家の否定

      ii.     オルドリベラリスムス

黒川洋行 ドイツの社会的市場経済と社会国家概念

    iii.     社会政策と総合社会政策

大陽寺順一  総合社会政策論の再構成への一試論

木村周市朗  西ドイツ・カトリック社会保障改革論と歴史認識

大陽寺順一  社会政策論の広義化とその背景 : 西ドイツ社会国家論を手がかりとして

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における行政の責任(1) : 私的福祉事業との協働関係規定を素材として

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における行政の責任(2)完 : 私的福祉事業との協動関係規定を素材として

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における公と私の協働の法構造(一) : 一九八四年改正法までを素材として

豊島明子   ドイツ連邦社会扶助法における公と私の協動の法構造(二)・完 : 一九八四年改正法までを素材として

森周子     西ドイツ・一九五七年 年金改革の考察 : 思想的背景

永合位行   介護保障と社会的秩序政策

永合位行   年金保障と社会的秩序政策

永合位行   ドイツにおける第三セクターの展開