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「就活」なんてクソくらえと、酒を飲んでいた

2013年は12月1日が「就活」解禁日だった。

今回の記事では一年前を振り返って、なぜ当時の私が就職活動をしなかったのかを羅列したい。

私はあのとき友人らに声をかけて11月30日の夜から飲み会をしていた。

「就活」なんてクソくらえと。

就職活動が始まっては気軽に集まれもしないだろうからというわけでの飲み会だった。

私自身は大学院進学をぼんやりと考えていた。大学院に何をしに行くのかということは考えているようで考えていなかった。いまもって明白に応答できない。明白に、よりも厳密に、だろうか。

そうして今日になるまで一度も就職活動をしていない私だが、もし就くならばワインを扱う職種がいいと思っていた。

ワイン好きが高じてワインショップでアルバイトをしたこともあった。そこでワインに心底魅了された。

それでもワインを扱う就職活動をしなかったのは、きっと物足りなさを感じると思ったから。「問題」を考えなくなることへの物足りなさ。

世の中で起きていること、日常で見聞きすること、そういったほとんどありとあらゆることに対して私は「これはいったい何だろう」と考える癖がある。

ワインにしても、あれがここまで人を惹きつけるのは何の故あってなのだろうと。ひとつ手前で立ち止まって、起きていることの不思議を思わずにはいられない。

そういったことがあるものだから、大学院に進んで「問題」を問い続けることの方が性に合っていそうな気がしたのだ。いわゆる「就活」のように疑問をはさむ余地なく、むしろ疑問を抱いた途端にやっていられなくなることは端からできなかった。

 

私には、できなさそうなことはしない、という一貫した行動原理がある。原理だなんて大げさだと思うかもしれない。けれど、たとえば電話をするときには必ず事前に会話を想定する。それができそうだ、となってから電話をかける。毎回それをしなければかけらないので私は気が重い。誰もが何の気なしにやっているであろう電話ですらこうなのだ。このことは私に染みついている。

「就活」なんて、とてもじゃないができなさそうだ。就職して問うことをやめるなんて、できなさそうだ。

いまでは進学なんて、できなさそうだと、日に何度も思う。

ときにはこのさき生きていくことだって、できなさそうだと、ふいに頭をよぎる。

そうやって一年経ってみて、私にできることは何一つ増えていなかった。できなさそうなことは輪郭を増して、できないことに着々と近づいていっている。

できなさそうと思うからには、それなりに望めばできるだろうという思い込みがある。

できないのであれば、やれないということになる。

できなさそうであれば、やらないということになる。

やらないというからには、やれるということになる。

私は問うことをやめたくないと思った。できることを奪われたくないと思った。

 

いまになって、というより、これを書いている間に気づいたことは、問うことそれ自体はなんら用意なくできるということだった。

問いを解くことには何かしら要る。紙にペン、机やいす。けれど問いを考えることは何も伴わない。

ただそこにいて、ただ何かに対するだけで、ただ浮かび上がってくる。それだけ。

私はこれまでの問いのほとんどを文章にしていない。ペンをとらなかったのだ。

浮かんだ断片の積み重ねとさえ言えない散乱が私のあり様だった。

私には人に見せられる作品がとんとない。あるいは功績と言ってもいい。

作品にはたいてい完成がともない、完成には評価がつく。私は断片についての反応はもっているからその場しのぎならできる。けれど、私を代表する作品も功績もない私には面と向かって耐えうるものがない。いつでもボロが出る。

問うことしかできず、それをまとめあげることをしなかった私にとって、問いが奪われることは何もかも奪われるのと同じだった。

自分がどこまで問うたのかを確認する術をもたない私が問うのをやめてしまったら、かつて問うていたことまでもが霧散してしまう。

 

私はここ半年以上ずっと、自分が何も持っていないことに悩んできた。考えることだけは人一倍してきたはずだったが、形になっていない以上何もないことと大差なかった。

一年前の私は、たしかに持っているものがあって、それに磨きをかけて、望むところにかなえるのだと思っていた。

しかし、持っていることなどなかったのだ。

私は原稿用紙を前にしてただ腕組みをしていただけだった。書き上げた原稿などひとつもありはしない。構想を語るばかりで本文はなく、人に見せることも見てもらうこともできない。

かつて小説を書こうとしたことがある。設定や人物をそれなりに創った。だがそれも、書けなさそうだとやめてしまった。

できそうだという算段がつけてからでないとやらないということは、いつまでもできることしかやらないということ。

投げ打つとか無我夢中といったことが私はずっとできないでいる。

いまできることを捨てられないのだ。それになによりいまの自分を。

「就活」というのはある意味でいまの自分を捨てて、「社会人」という新しい自分を授かりに行く過程でもある。

私は捨てられなかったし、それでいて新しい自分は自分で欲しかった。欲しがっても掴み取ろうとはしなかった。

それで今日2014年12月1日に、私は何も変わらないままで一年の経過を迎えた。