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定礎

初めまして、みつきです。

みつきは本名ではありませんが、よくそう呼ばれます。

呼ばれるというより、呼んでもらってます。

「(酒)の みつき」は、酒飲みみつきと酒屋みたいに酒が常備してあることをかけあわせています。

ちょうどTwitterでこのHNに変えるころ、部屋にお酒が18リットルくらいありました。

今はもうそんなにないですが。あ、ビールはキリン派です。

 

はてなブログを始めたのはブログ名の通り(ここに広告塔を建てよう)です。

今現在、大学生をやっておりまして早いもので4月から4年生です。

大学はなかなか面白いところで、そういう場所にいると自然に面白いことが思い浮かびます。

これを身内に話して興じるのもいいのですが、むずむずする思いもあります。

もっと多くの人に聞いてもらって意見をもらったり交わしたりした方がずっと楽しくなるのではないかなあ、と。

そういうわけで、自分の考えたこと・他人のこと・大学やその他でのことをどんどん広げていきたいと思っています。

 

大学では総合政策学科というところにいます。

ちなみに4月からなくなります(笑)

学部改組によってコース制になってしまうので。

専攻は、と訊かれたら昔は「社会保障」と答えていました。

今のゼミに入ったのも制度改革を目指していたからです。

でも今は「自我論」が専攻と言えそうです。哲学ですね。

どうしてこうなったかを話すと長くなるので今は割愛します。

 

もともと社会保障に興味をもったのは「社会保障制度を現状にあわせて整備して、もっと人々が自分の思い通りに生きられるようになったらいいな」と思ったからです。

私のモットーである「All depends on me.」とも関わることなのですが、すべて自分次第で生きられるようになるためには人を萎縮させない保障が必要なのではないかという理屈です。

何かやってダメだったらおしまいというのよりも、何がやってダメでもどうにかなる方がきっと人は生きやすいし、社会も活気あるものになるだろうなと。

人は自分の人生しか生きられない。でも、自分の人生を生きようとすると邪魔が入ることがあるし、足枷になることもある。それを社会保障制度でなくしましょうと考えたのです。

初めから制度そのものより人間そのものに目が向いていたので、そこにどんどん踏み込んでいった結果「自我論」に到達しました。

 

だから言ってしまえば「社会保障論」と「自我論」は私のなかで結びついています。

今では専攻と言えるほど重きを置いている訳ではありませんが、かといってもう見向きもしなくなった訳でもありません。

この前『社会保障の哲学』という世界思想社から出ている本を買ってみました。面白そうです。

 

社会保障の哲学 (世界思想社現代哲学叢書)

社会保障の哲学 (世界思想社現代哲学叢書)

 

「自我論」は「自分とは何か」「私が私であるとはどういうことか」「なぜ私は私なのか」などを主題としています。

古来からずっと論じられ続けてきた難題です。

突き詰めて考えたことはなくても、おそらく誰しも似たようなことをちらっと考えたことはあるのではないでしょうか。

 先ほど「All depends on me.」と「社会保障」との関わりについて話しましたが、「自我論」とも関わっています。

というよりそこの橋渡しを担っています。

 

私が「すべては自分次第」をモットーとするのは、他の誰も私の人生を生きられず、私こそが私の人生を生きるからなのですが、別にこれは自分に限った話ではなく人はみなそういうものではないかなと思っています。

自分の為になることをやるのが一番いい。

そこで、そもそも「自分」とは「自我」とは何か、どういう仕組みをもっていて、何がそうさせて、何故そうなるのか、いつできるのか、どこでできたのかを明らかにしたいと思ったのです。

昔から深く考えることが好きだったもので。

「自分」とは言われるものがいったいどういうものなのか、「自我」といわれることがいったいどういうことなのか。

そこが明らかになれば社会保障を考える上でも理論的な根拠ができます。そして人が関わるおよそすべてのことに関しても言及できるようになります。

 

「私」とはこれこれこうで、人はそれぞれの人生において「私」という主人公で、すべて自分次第で決められるようになることがもっとも理に適っていて、それを促し支えるために社会保障が有効に機能するようにすべきだ。

「自我論」と「社会保障」が結びつくとき、こういう展開になります。

何故それを「社会保障」がするのかというと、個人では非力すぎて対社会において簡単に押しつぶされてしまうため制度として用意しておく必要があるからです。

社会保障制度はいわゆる弱者を守るためにあるのではなく、社会で生きる人すべてを守るためにあると私は思うのです。

 

おおまかな考えとしてはこのようなものをもっています。

将来は大学院に進もうと考えていて、京都大学にある人間・環境学研究科共生人間学専攻思想文化論講座人間存在論が自分の興味関心にあってそうです。

http://www.h.kyoto-u.ac.jp/

京大は世界トップレベルのサル研究所も有していて、意識を自然科学の面から考える上でも非常に適した大学です。

http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/index-j.html

昔からある「自我論」もたとえばミラーニューロンのような自然科学分野における新しい発見にともない修正を迫られています。

新しくそれらも取り込みながら考えていきたいなと思っています。

 

この他にも関心は多岐にわたっていて。まあ、わたりすぎて困っているくらいなんですが(笑)

共通点は人が不当な立場に置かれていること、意にそぐわないものを強制されていることです。

端的に言えば「All depends on me.」を妨害すること全てですね。

あとは昔から宇宙の話も好きです。高校のときは地学をやっていました。

宇宙の話はわくわくしますね。

 

ブログは冒頭にも書いた通り、アウトプットの場として使っていきます。

どうぞこれからよろしくお願いします。

 

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